March 13, 2012
夜更かしの理由
ここに「泣き笑い系メッセージ」をアップするのは本当に久しぶりです。
というのも年が明けてからまたしてもどうにもこうにもすることが多いからなのです。昨年の夏にポックリいって仕事先に大変な迷惑をかけてしまってから仕事の量には気をつけるようにしているのですが、気付けば現在週三回の定期レッスンに加えて自分のパフォーマンスが振りなおしで一本、新規で一本、生徒さんとのパフォーマンスが新規で一本、生徒さんのための振り付けが新規で一本、生徒さんのための振りなおしがこれから二本です。
数えるとこわいのでこれまで数えないようにしていましたが、ここで足し算したら今現在合計六本の振り付けを抱えていることがわかってしまってさあぽっくり。
それにこの間まで確定申告があり、自分の結婚式の準備があり、それに生徒さんの誕生会あり壮行会あり結婚祝いあり、レオンでは間違いだらけながら選曲もやっています。
この間はリクエストをうけたので気合いをいれたらいれすぎてつなぎで前の曲がぶっちり切れました。横にヒゴちゃんがいる状況ではなんとしても避けたかった。
・・・と、ここまでで年明けからまだ三ヶ月経っていないのが信じられない。先を思いやるとまたぽっくりいきそうです。
さて、昨年の3月11日から一年がたちました。今年のその日はレッスンで手一杯だったので、その分今日は少し時間をかけて想いを新たにしました。あの日を境にして、やっぱり日本人には底力があるという事実と、やっぱり日本国はシステムとして非常時にあまりに弱いという事実が一度に明らかになりました。「それぞれができることをした」という感動的なエピソードが飛び交う一方で、必要な分析をして将来に生かさないこの国の悪しき伝統には打つ手がないのかという絶望感とも戦わなければいけませんでした。だからこの一年は実に重い一年でありました。
日本には年末が二回あります。12月と3月です。12月には家族や生き方を想い、3月にはいやでも仕事の節目を感じます。振り返ってみれば、人生において学ばせてもらう内容には毎年「テーマ」のようなものがあるようです。この一年でもっとも考えさせられたのは「オノレの役割」です。自分を取り巻く人間模様を一つの劇場と捉えた場合、自分はどんな役を演じることになっているのかということです。それまでは疑うことなく「サルサのセンセイ」をやってきましたが、それは人生の一つの側面にすぎず、生徒さんにとってワタシはセンセイでもありましょうが、飲み仲間でもあるし悩み相談の相手でもありましょう(もちろん逆に言いにくいこともありましょう)。ワタシも四六時中センセイをやっていては身がもちませんから、センセイでない役を演じてもいい時間をいかに増やすかに真剣に取り組むようになりました。
それでその、「言いにくいこともあるだろう」というあたりの機微がこの一年で急激にわかるようになったような気がします。歳です。それで昨今はその言いにくそうなあたりを自分からぬけぬけ言うことにしたのです。このぬけぬけとした物言いはワタシの生来の本性であるように見えて実際はここで何度も主張しているとおり、ワタシは生来ものすごいビビリなので肝心なところは言えていないのです。
そう、みんなが職場でそうであるのと同じように・・・!!!
それで、自分が言いにくいことも、おつきあいのある相手の方が言いにくいであろうと思われることも、思考の末それがよしとなれば言ってしまったほうがよい、というのを実際に実践したのがこの一年でした。言いにくいことを言うには体力・勇気・ユーモアの三拍子が必要です。特に最後のユーモアの部分に落としどころを見つけられればいける、と今はわかるのです。
逆に言わなくてもいいことを早まって言うというミスも防がなくてはいけません。本当に言わなくちゃいけないことと、言わぬが花にあたることというのはえてして見極めが難しいもんであります。どっちがよいかを見極めるにはとことん苦しまなくちゃいかんです。つまりどこまで深く思考するかということです。その「もがく」過程をとばすと誤るようです。先延ばしにすることによって時間が解決することと、モンダイがより深刻化することとが確かにあります。事態がどっちなのかを考え抜いたら、体力つけて勇気を出して最後にユーモアのところまで突き抜けたうえで実行あるのみです。ユーモアは実行に突破力と必然性を与えるようです。
言いにくいことをいったあと、逆に言わなくてよかったことが明らかになったときにはともにはかりしれない安堵が訪れます。心の安寧というやつです。人生はそもそも山あり谷ありなんですから安寧なんて状態はそう長く続くわけもないのですが、節目節目でこの安寧を享受することで、少々の病気だったら克服できたり人間関係が好転して景色が明るく見えたりする。そういう本当に安らかな気持ちには棚ボタなどありえず、自らもがいてようやく手にできるものであるぞなもし
・・・というのがこの3月12日に心に宿る素直な気持ちです。そういう夜だったためについ夜更かしをしてしまいました。
数えるとこわいのでこれまで数えないようにしていましたが、ここで足し算したら今現在合計六本の振り付けを抱えていることがわかってしまってさあぽっくり。
それにこの間まで確定申告があり、自分の結婚式の準備があり、それに生徒さんの誕生会あり壮行会あり結婚祝いあり、レオンでは間違いだらけながら選曲もやっています。
この間はリクエストをうけたので気合いをいれたらいれすぎてつなぎで前の曲がぶっちり切れました。横にヒゴちゃんがいる状況ではなんとしても避けたかった。
・・・と、ここまでで年明けからまだ三ヶ月経っていないのが信じられない。先を思いやるとまたぽっくりいきそうです。
さて、昨年の3月11日から一年がたちました。今年のその日はレッスンで手一杯だったので、その分今日は少し時間をかけて想いを新たにしました。あの日を境にして、やっぱり日本人には底力があるという事実と、やっぱり日本国はシステムとして非常時にあまりに弱いという事実が一度に明らかになりました。「それぞれができることをした」という感動的なエピソードが飛び交う一方で、必要な分析をして将来に生かさないこの国の悪しき伝統には打つ手がないのかという絶望感とも戦わなければいけませんでした。だからこの一年は実に重い一年でありました。
日本には年末が二回あります。12月と3月です。12月には家族や生き方を想い、3月にはいやでも仕事の節目を感じます。振り返ってみれば、人生において学ばせてもらう内容には毎年「テーマ」のようなものがあるようです。この一年でもっとも考えさせられたのは「オノレの役割」です。自分を取り巻く人間模様を一つの劇場と捉えた場合、自分はどんな役を演じることになっているのかということです。それまでは疑うことなく「サルサのセンセイ」をやってきましたが、それは人生の一つの側面にすぎず、生徒さんにとってワタシはセンセイでもありましょうが、飲み仲間でもあるし悩み相談の相手でもありましょう(もちろん逆に言いにくいこともありましょう)。ワタシも四六時中センセイをやっていては身がもちませんから、センセイでない役を演じてもいい時間をいかに増やすかに真剣に取り組むようになりました。
それでその、「言いにくいこともあるだろう」というあたりの機微がこの一年で急激にわかるようになったような気がします。歳です。それで昨今はその言いにくそうなあたりを自分からぬけぬけ言うことにしたのです。このぬけぬけとした物言いはワタシの生来の本性であるように見えて実際はここで何度も主張しているとおり、ワタシは生来ものすごいビビリなので肝心なところは言えていないのです。
そう、みんなが職場でそうであるのと同じように・・・!!!
それで、自分が言いにくいことも、おつきあいのある相手の方が言いにくいであろうと思われることも、思考の末それがよしとなれば言ってしまったほうがよい、というのを実際に実践したのがこの一年でした。言いにくいことを言うには体力・勇気・ユーモアの三拍子が必要です。特に最後のユーモアの部分に落としどころを見つけられればいける、と今はわかるのです。
逆に言わなくてもいいことを早まって言うというミスも防がなくてはいけません。本当に言わなくちゃいけないことと、言わぬが花にあたることというのはえてして見極めが難しいもんであります。どっちがよいかを見極めるにはとことん苦しまなくちゃいかんです。つまりどこまで深く思考するかということです。その「もがく」過程をとばすと誤るようです。先延ばしにすることによって時間が解決することと、モンダイがより深刻化することとが確かにあります。事態がどっちなのかを考え抜いたら、体力つけて勇気を出して最後にユーモアのところまで突き抜けたうえで実行あるのみです。ユーモアは実行に突破力と必然性を与えるようです。
言いにくいことをいったあと、逆に言わなくてよかったことが明らかになったときにはともにはかりしれない安堵が訪れます。心の安寧というやつです。人生はそもそも山あり谷ありなんですから安寧なんて状態はそう長く続くわけもないのですが、節目節目でこの安寧を享受することで、少々の病気だったら克服できたり人間関係が好転して景色が明るく見えたりする。そういう本当に安らかな気持ちには棚ボタなどありえず、自らもがいてようやく手にできるものであるぞなもし
・・・というのがこの3月12日に心に宿る素直な気持ちです。そういう夜だったためについ夜更かしをしてしまいました。