■SALSA FRESCA泣き笑い

September 09, 2017

明日は新宿西口ウミバルでぽえたまON2です

この一週間、月曜から今日までずっと病院に泊まり込みをして
いました。突然の子どもの入院で、なんと24時間つきっきり
介護!!トイレと院内で食べものを調達するときと日中の
シャワー以外はまったく席を外すことが許されない状況で、
びっくりしたうえに日常につながる食べるものがない
ストレッチができない自分用の寝る場所がない、とんでもない
日々を経験しました。
これでも、病院内にコンビ二があるだけいいんだそうです。
ほんとかよ!!!!!!!

とにかく経験だけは厚みを増した一週間でした。
しかし、子どもはおかげさまで元気です。

そしてとにもかくにも生きてかえった私は明日皆さまと
ぽえたまの新基地、新宿西口ウミバルでお会いします。
すごく居心地のいいところです。
新宿って駅近では手の届く場所はまずないのですが、
徒歩圏内で居心地のいい居場所を開拓すべく、調べて
調べて調べつくしてみつけたところです。
場所は新宿マイスタジオのあるブロックのひとつ先
(大久保より)のブロックになります。
外側はフルぼけたビルですが、地下のこのお店は
つくりに余裕があって、私は一回いって即、ここでやりたい
って思いました。
英語でコーズィって言葉があるでしょ、まさにそういう
感じ。
中のスペースに余裕があるので、みんなにゆるりと
くつろぎながら部活感覚で楽しんでいただけると思います。
ご期待くださいね。
詳細はおなじみGINさんの「サルサのある日常Part2」で
ご確認くださいね。
特に私とGINさんのミーティング中にうまれた
「首飾り理論」というものは、ご参加いただく皆さまに
ぜひとも共有いただきたい考え方です。
これがわかっていると、サルサを練習する際の目標設定が
非常に簡潔になります。
ぜひこちらをご一読ください。

それでは13時からのレッスンでお待ちしています!

p.s.今回ずっと病院に泊まり込みをして、子どもと寄り添う
ことがほんとに命がけやなあというか、人生をかけたもの
なんだなあと改めて認識しなおしました。
そのような今だからこそ、この記事が目に留まり、響きました。
このように人は生きているということ、噛みしめてこれからも
生きていきたいです。

今回、家の者が早朝から夜遅くまで勤務で交代がまったく
ききませんでした。
これが子どもの病気のときのみならず毎日である人も多く
います。
私は今回、いらいらして叫ぶ子どもに対して疲労困憊の
あまり何もできなくなってしまったことが二、三度ありました。
ひとりで育てていて、この状況になってしまった場合、
家族や保育園や周囲の人の支援がなければ、何が
おこってもおかしくないということを自覚しました。
病院内には看護師や保育士がいますが、最低限の援助しか
お願いできません。それでさえ、お願いしにくいことこの上
なく、お願いしなければ動けないということがとてつもない
ストレスでした。
これが病院内でなければ、到底お願いなどできるはずもなく。
私がこうしてサルサダンスという素晴らしい仕事をさせて
いただいているその皮膚一枚の裏側で、日本の社会が
かかえる危機的な状況と向き合った貴重な一週間でした。

私とかかわってくださっている皆さまの中に大勢のお父様
お母さまがいます。
その歩みに敬意を表します。




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September 01, 2017

夏の終わりのハーモニー:その3

子どものことです。4月に引っ越しをしてから、すぐに新しい保育園に通わせはじめました。私にはあふれるほどの仕事が控えているのです。子どもはたくましく、活発で、よく笑いよくしゃべる子ですので、なんだかんだいってどうにかなるだろうと楽観的に考えるようにしていました。そして、結論からいえば、今、楽観的に考えたとおりの結果になっています。問題は

そうなるまでに四カ月かかった

何があったかというと、すさまじい癇癪をおこしていました。雨戸を震わせるような泣きわめきです。私が終始べったり自分のことを見ていてほしい、かまっていてほしいというわけです。掃除や洗濯や料理も許しません。ある朝、私がレッスンパフォーマンスその後のつきあいもろもろでほぼ死んでいるときに奴は私の目をこじあけ顔をぶんなぐって起こしてきました。私はこのときばかりは飛び起きて、子どもの手首をしこたま指三本で打ちました。奴は壁も屋根も振るわす勢いで泣きわめきましたが私は布団をかぶって寝ました。次に殴ってきたら今度は頭突きでふすままでぶっ飛ばすと思っていましたが、さすがにこわかったみたいでただただひいひいわあわあぎゃあぎゃあ泣いておりました。眠れるわけがないです。

以前の保育園では連れていくが早いか勝手に遊び始めていたのですが、引っ越ししてからは連れていっても私から離れなくなりました。おんぶしろといって背中にべったりです。いつまでたってもです。最後はふりほどいて、床に大の字で転がってなく子どもにバイバイする毎日が続きました。これは本当にこたえました。多くのおかあさんがこれを経験されるのですが、各自各様にこれはこたえます。特にこれのあとでレッスンやイベントがあるときは本当に参ります。笑顔になれないのです。子どもはストレスを、車の機器をさわることで発散しようとしはじめました。いくら危ないからやめるように言っても全然だめで、とうとう走っているときにギアを動かしたときには絶叫レベルで怒りました。狭い車内で泣きあいの怒鳴りあいです。本当に、これも、参りました。

駐車場ではふざけたり走ったりしないようにということを子どもに教えるのも、これまた非常に苦労しました。あるとき、買い物した帰りに車にのせようとしましたが、子どもは帰ると私が家事をするのを知っているので帰りたがりません。いつまでも駐車場であっちこっちぐずぐずとごねるのです。これがあまりに危ないので、わたしはまたしても何度目かでブチ切れました。そしてぎゃん泣きする子どもをそれこそ車にぶち込んで帰りました。こういうとき落ち着いて運転するのは、パフォーマンスで冷静に呼吸を整える訓練としてこれ以上ないよい機会です。シートベルトなんか勝手にはずして車から転がり落ちかねない騒ぎを、奴は繰り広げていました。

その翌日ですが、偶然、事故にあってひしゃげた車をレッカー車がひっぱってくる現場に遭遇しました。「ほらね」と私は言いました。「車がごっつんこするとこういうふうになるんだよ。」子どもはしばしだまって、やがて

こわい

と言いました。ほら見たことか。そうだそうだ、かーさんのいうことをきけ!!!!わははははは!!!とわたしは思ったものです。
そして実際、その日を境に子どもは車対応に関して急激な変化をはじめたのです。かーさんのいうことには一遍の真実があるということがついに奴にわかったようでした。

ことばも発達し、どうして泣いているのかが自分で説明できるようになってきました。そのそれなりに一生懸命の表現にはがつんと、強烈な痛みを覚えるようなこともありました。保育園でバイバイをするときにはすごくさびしい、というようなことをいったこともありました。あんまりあわれな表現だったので、かなしくて忘れてしまいました。最近になって、保育園の遊びで順番待ちをするのがつまらない、それで先生に怒られるからいや、と言ってきたことがありました。幼稚園が母体の保育園なので、以前のところよりも規則や順番が厳しいのです。私はうーん、そうかー、といってから「そのうち慣れるよ」と言いました。なんとなく、それが一番いいこたえのような気がしたからです。

その日の帰りのことです。担任の先生がやや興奮気味に、子どもがほかの子どもたちを拒絶しないで一緒にはじめて遊んだという報告をくださいました。これまでは一切、クラスメイトに挨拶されても返事もせず、一緒に遊ぶことも極力避けて逃げ回り、先生とだけ一緒にいたいという態度を隠しもしなかったのでした。それがついに、ほかの子どもの問いかけにこたえ一緒におもちゃを使ってやぐらを組みたてたというのでした。私はうーんとうなりました。子どもが引越しと転園でストレスを感じていたことを、このときはじめてちゃんとわかったからです。この四カ月が「あっという間」だったとは、私はこの先いつまでも言いたくない気持ちでいます。

ほんの数日前、子どもは朝の車の中で「今日は○○ちゃん泣かないからね」と宣言し、本当に泣かないで保育園の輪の中に入っていきました。そういうとき、喜びと、なぜか強烈な寂しさを味わうものだということも、私ははじめて学びました。



salsaconsul at 16:56|この記事のURLComments(0)

夏の終わりのハーモニー:その2

先日豊洲ではじめてのレッスン、パフォーマンスを行い、その成功によってしばし喜びと放心状態に陥っておりました。しばしばインストラクターは緊張しないと思われているようでありますが、レッスン前のインストラクターはばりばりに緊張しております。皆さまが取引先にたいしてプレゼンをするのと同程度と考えてもらえればよいのではなかろうか。そこには会社の損益が、ボーナスが、かかっているとなれば当然のことでありましょうが、一番そこにかかっているのはなんといっても己のプライドでありましょう。人を喜ばせる、笑顔にすることが、もっとも手っ取り早くこのプライドを満たしてくれることはいうまでもなく、少なくとも私がサルサインストラクターをやっているのは、お笑い芸人が客席の爆笑の中毒になって二度とそれ以外の仕事ができないと感じるのと同じ理由であるように感じます。

そのような中、私が今もっとも深く湖の底にもぐって考えていることのひとつは、なんといってもパフォーマンスのことです。内容構成表現云々はいうまでもありませんが、そんなものは思考のうちのごくごく表面的なことというか、どうにでもなること、簡単なこと、楽しいだけのことにすぎません。私が深く深くもぐっては息継ぎのために浮上して、また深くもぐっていくのは、我々・・・仕事をし家庭を持ち、さまざまな活躍の場をすでに持っている我々が、さらにここへきて人前にたとうとする、何かを演じようとする、人に見てもらいたいと願う、この心理とは何かということなのです。

私が思うに、この問いにおそらく答えはありません。こたえを見つけたと思っても、その直後にそのこたえと思ったものが全き間違いであったと気づく、その繰り返しであろうと思うだけです。しかし、この「こたえはないとわかっていてもこたえを果てしなく追おうとする」という「態度」が、パフォーマンスに漂う匂いの質を決めるものであろうと私は確信しているのです。パフォーマンスなどというものは、本来選ばれしもの、おさなくしてそのような生活スタイルを選んだもの、選ばざるをえなかったものがやればよいのです。しかし我々はサルサを知ってしまった。そこで私は何かを作らずにはいられない。人間の形を使って音楽を見えるようにせずにはいられない。それは自分ひとりの力ではできない。悩む。そこへ、私と同じ理由か違う理由かはともかく、自らの体に鞭うって人前に恥をさらしてまでも何かをなしとげたいと思う人があらわれる。それが一人二人三人四人とあらわれる。そこで私は彼らの体を「借りる」。そしてそれが躍動するにはどうすればいいのか、どういう訓練が必要なのかを「吹き込む」。すると彼らは、それがどういう理由かはともかく、私を「信じる」。そして「演じる」。その目的が自己顕示欲と呼んでいいものなのかどうか、私にはわからない。私もふくめてそれはたしかにそうなのだろうが、いえるのは、どのメンバーも「そうでない楽しみ方もあるのではないか」という迷いを「周囲に感じさせる」年齢と人生経験をすでに有しているということです。私自身も、実はそうなのです。しかし、パフォーマンスの練習の時間に皆がみせる表情、いちずさ、会話や笑いのひとつひとつは、私にとってかけがえのないものであり、私にとってかけがえがないということは彼らにとってもおそらくそうなのだろうと、私は「信じる」しかないのです。これが信じられなくなったとき、そのチームは使命を終えたということになるのでしょう。



salsaconsul at 16:54|この記事のURLComments(0)

夏の終わりのハーモニー:その1

夏の終わりの匂いというものはいつもどこでも、たしかにこの匂いであるなあと思っている午後遅くです。

今日は金曜日。
引越してからの私の修行、「土曜日の弁当」の仕込みをしております。

引っ越す前が平穏であったとは申しませぬ。しかしそこは少なくとも、5分おきに電車がきて、帰り際にコンビニによってゼリーやらプリンやらを買うという生活スタイルがあるという意味で「以前からつながる場所」ではありました。

今度のところは緑多く、こんなところが首都圏にまだあったんか(もしかするとここはもう首都圏ではないのかもしらんが)というような、虫と生き物の多様な生態系が連綿と残っているところです。先日ひょいと道をそれたら立派なヘビが木の幹にぬらぬらと昼寝をしておりました。車にのっていると、頭上を白いサギが横切っていきます。ということはカエルやタニシがそこいらへんにごろごろいるということであります。まあそのようなところなのです。

私は昨晩、いつものように目が覚めてぼんやりと考え事をしておりました。このときに一番、自分のコンディションがわかります。ムシムシと暑苦しい夏がようやくおわってくしゃみがさかんにでるようになったこの日の深夜、私はふと気づきました。子育てに必死であっただけだとばかり思っていた自分は、

この里山に対する怖さとも戦っていた

車で行先と往復するだけであれば、こういう感覚にとらわれることもないのかもしれません。しかし生来の好奇心から私はいやでも山道だのあぜ道だのを冷やかさずにはいられないのです。そこで信じがたい物量のバッタ、眠れないほどのかゆみを引き起こす大量の毛虫、大きな瞳の文様でこちらを見つめるぷくぷくの青虫らと対面し、札幌から東京神奈川と移り住んできた自分は

しょせん腰抜け都会っ子

生き物たちの強烈な生きざまに対峙して、思いがけないダメージをうけていたのでありました。温水プールが「田んぼの中」にあることを発見したこの日、私ははっきりと、ここはとにかく私が脳内に飼っている知識がなんにも役にたたないところなのだとはっきり悟り、その悟りを悟ったという気づきによって真夜中にはっきりと目覚めていたのでした。



salsaconsul at 16:53|この記事のURLComments(0)

June 25, 2017

先日ぽえたまにご参加くださった皆様ありがとう

私は、春に千葉県の田舎に引っ越しをしました。
そのとき、もともと千葉の環境と県民性が好きだったこともあって生活環境がかわることはさほど気にしていなかったのですが、子どもがらみの手続きが膨大だったことと、資金面のことと、もちろん物量のことと、そういったもろもろのことがずっしりとのしかかってきまして、自覚はしないようにしていたものの非常に肉体的にきつかったのです。まず眠る時間が極端に少なかったです。
ぽえたまのある土曜日は、一番先に保育園をあけてもらって一番最後に迎えにいく、といった「立場的なストレス」もありました。もともと幼稚園だったそこは、土曜日に開園するということそのものがこの春はじめてのことで、何か「先生たちの一週間のスケジュール、ひいては労働環境を自分がダンスのためにかえてしまっている」ということを空気で感じ取って申し訳なさを背負いこんでいるようなところがありました。私はそういう空気的なものをどうしても無視できないタイプで、かつそういうのが一番こたえます。
現在は私と子どもがついたときにはすでにほかの子どもたちが何人かいるような、かつ私が迎えにいったときに最後のもう一人と一緒に帰るような状況に落ち着いてきました。また、どうすれば最短の時間とエネルギーで行き来ができるかというパターン構成もできるようになりました。
土曜日はお弁当を作らねばならないというのも、引っ越ししてからの急激な変化にあたります。外国のように、栄養価の高い黒パンにチーズをはさめばいいというわけにもいかず、生来真面目な私は煮物焼き物酢の物とどうしてもひとおおり揃えないと気が済まず、木曜日に材料を集め金曜日の深夜に仕込みをはじめる、といったこともしておりました。たかが弁当ですが、実際にいま、子どもが土曜日の朝にリュックに弁当をいれて「ぽんぽん」と二回、まるで中に赤子でもいるかのようにいとおしそうに、むちむちした手でたたく様子をみていると、たかが弁当と捨て置けない「意味」を読んでしまいます。毎日かなりの距離を車で送り迎えしていますので、通常は夕食といってもラーメンだけ、ご飯と味噌汁と焼き魚でせいいっぱい、それでも子供はつまらないからといって食べてくれない、そんな日々です。そのような中で、土曜日に持たせる弁当だけは必ず手の込んだものを持たせてやりたいですし、実際子どもはその弁当を残してきたことがありません。おそらく、「いえの和食」というもののよさを子どもはこの弁当でもって記憶に落とし込んでいくんだろうと思います。
ぽえたまではパフォーマンスを二回、土曜日にやらせていただきました。そのときは前日も遅くまで練習していますし、朝の10時からリハーサルをしているわけですが、そのときにも暗いうちから弁当を作っています。練習場所も実際の場所も都心ですし、子どもの送り迎えもありますので、睡眠時間は2時間か3時間程度です。パフォーマンスには表の戦いと裏の戦いと、二種あるわけです。そしてそれはメンバーも同じですし、そのほかのチームでもそうです。
ダンスという夢のような仕事をさせていただいているわけですし、子どもという愛嬌のある生き物を預かっていることもまたありがたいことなので、このしんどさも含めて私は幸せなんですけれども、しわよせがどこにいくかといえば、「口がきけなくなる」というのがそれにあたります。しんどすぎて、レッスンの前後の声がでなくなってくるのです。そうすると生徒さんとの交流がどうしてもうすくなります。レッスンのまえやあとにかわすちょっとした言葉が、どれだけ生徒さんにとって励みになるかということを、私は海外のレッスンのとき非常に強く感じました。インストラクターがフランクで、公平で、明るいということはレッスン場におけるまさに救いというか、「神対応」というものが確かにあります。私はそれを自然な形でやろうといつも思っていますが、それが行動に移せない時期があったとすれば今年の前半がそうだったかもしれません。かえりの電車に間に合うのかどうか(保育園の迎えに間に合わないということがどれほど日本のおかあさんの心を病ませているかということは、ちょっとなかなか説明しにくいというか、男性には本当に、この件を「日本の女性の生きにくさ」の筆頭にあたることと理解して、髪を振り乱している私たちを愛してほしいです。何より半分背負ってほしいです。本当にそう願います。)気が気でない状況で生徒さんと楽しくお話をするというのはなかなか、難儀なことでした。
しかしようやく昨日のぽえたまでもって、私はこの暗黒時代から少なくとも片足は引き抜けたような気がしました。みなさんとお話できるようになりました。それが本当にうれしかったです。そして皆さまからいただいた笑顔からたくさん力をうけとりました。
真っ只中にいるときには自らの状況を客観的にみつめることができないものです。それに、パソコンに向かうこと自体ができないものです。昨日今日はそれができました。私はサルサという未知のダンスに挑むことが本当に好きです。最近、ますます好きになってきました。私は私自身の体やテクニックに対してとても大きな不満があります。いいぞいいぞと思って踊っているわけではありません。くやしいくやしいと思いながら踊っています。ちくしょうと思いながら踊っています。このことが、みなさんがもし少しやる気がでないとき、元気がでないとき、練習に再びいどむ力の源になればいいのですが。



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April 01, 2017

そんなバナナ

って昔言ってませんでした?今急に思いだしました。
この二か月の間、私はずっとそういう気持ちで毎日すごしていました。 

何が起こったかというと、突然引っ越しすることになったんです。千葉です。
私は元来、関東の中では圧倒的に千葉が好きです。県民性がのんびりしていて、道民と似ているからです。行列に並び遅れる、とか情報を取り損ねる、とかしてなんとなくいつもソンをしている雰囲気がいいのです。

おまえだけだろうって言わないで。

とにかく、のんびりやりたいんです、私。だから東京の西側の空気感、苦手です。
なんか、あんまりみんな「心底」楽しそうじゃない。

その点千葉は空も道も海も広々ダイナミックで、心が晴れ晴れするの。

だから引っ越しがうれしいかというと、もう今の私は引っ越しを簡単に喜べる時代じゃなくなっていた。なんでかって。保育園どうすんねん。

保育園ですよ。あの、あの、あの作業をまたやるんですよ。何が「あの」かというと、ここに私の前の記事を張っておきます。私のこのブログにおける、間違いなくベストトゥウェ二―に入る力作です。

これをやりましたよ、再び。心配とめんどくささで気も狂わんばかりでした。引っ越しの話が決まったのが1月の後半でして、それからずっと情報集めを必死でやりました。もう一次募集の時期はとっくに過ぎていましたので、二次募集に滑り込むためにはどうするか、ありとあらゆる手だてを総動員してがんばりました。名前だの住所だの勤務先だのを書いて、書いて、書きまくりました。証拠書類を刷って刷ってすりまくりました。フリーの人間が「働いてます」ことを証明するのはかくも大変なことなのです。通帳も納税証明書もHPのコピーも日本サルサ協会の資格認定証もありとあらゆるものを出しまくりました。役所に何度電話したかわかりません。こういう心境を「目の色が変わる」というんだろうな、と自覚をしておりました。保育園落ちたら私のサルサ人生が死にますゆえ。

この話をすると圧倒的に女性が共感してくれます。どうして日本て女だけがこの苦労しないといけないんだろうね・・・幸福度ランキング最低レベルなのあたりまえや。なんかきいたら、上の世代の女性達おんなじ苦労してて、保育園の迎えをベビーシッターにお願いしてそのベビーシッターさんが次の「夜の保育園(←ちょっとおもろい)」に連れていってってことまでしてるん。その手配だって膨大なエネルギー要するのよ。心労でおかしくなるわ。私も心労でおかしくなってました。ついさっきまで。そしてついさっき、すべてが終了したのです。

引越先の家が手配できました。引越先の保育園への手続きと健康検診がおわりました。往復四時間をもう何度もやっています。子ども手当の手続きもできました。税務署に個人事業主としての引越も申告しました。その間にも絶え間なく送られる内職をやり遂げました。パフォーマンスチームの中目黒での公演に向けた写真作成ができました。今後のイベント出演のための案内文がひととおり書き終わりました。フェイスブックへのレッスン案内ができました。その間にもずっとレッスンはあります。子どもはぎゃんぎゃん泣きます。そして昨日、二年間通った保育園の先生たちにお別れをしました。いっぱいお手紙を書きました。今までお世話になりましたと頭を下げるくらいでは到底収まらない、あふれるほどの感謝の気持ちがあって、ここのところお手紙なんて書けなかったですけれどもしんしんと冷え込む夜中にひたすら書きました。そのお手紙を朝お渡ししたら、夕方迎えにいったとき、先生たちの目がみんなぼわっと腫れていて、本当に別れを惜しんでくださっているのがひしひしと伝わりました。そういう心の起伏もこれまでに経験のないことでした。私は「愛着」とか「いつくしむ」という言葉と縁のない生き方をこれまでしてきましたが、今回はじめて別れが本当につらいことだと痛感しました。

明日は六本木Zona Libreでレッスンを二本行います。パフォーマンスチームを結成してからOn2のレッスンを受ける方がそちらに移行した関係で、On2のクラスはいつも空いています。私はMambo a la savoyというもっとも凝ったOn2のパフォーマンス作品の振り付けをもっているのと、On2を踊りこなすには本当に深い差異への理解がないといけないと実感していることから、長期的視点でOn2のレッスンを開催しています。動画を撮りためれば必ず役に立ちますので、なんとなくきっかけがなくて、でもほんとは興味があるんだけど、という方はぜひ私のレッスンを活用してください。レッスン時間と場所、料金一覧はこの前の記事で投稿しています。

それでは、またね!にしても花冷えというにはあんまりな今日の天気だねえ。


 



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February 16, 2017

みんなおはよう

元気?おいらは全然元気じゃないす。
きらいや。確定申告きらいや。
発狂しそうになるわ。
思うに、この世で会社員するのと公務員するのと
自営業するのと、まったく違う世界に暮らしてると
考えて間違いない。
おいらのおうちはばっきばきの公務員家庭だったゆえ
ノウハウの蓄積がないねん、自営業の。
それはそれで自分で勉強してきたからいいんだけど、
今になって思うに、本当のノウハウってのは「心」に
ある。
どういう構えで世の中をフローしてくか、世間と渡り
合っていくか、そのスピリットの部分なんだね、一番
習得が難しいのが。
それをマスターする「自営業初代」にあたるんよ、私は。
こーれーは正直いってむずいっす、おもいっす。
今になって「家訓」てのが存在する意味が、なんだか
ひじょうによくわかってきたよ。
子どもができて、そうすると「社会とのつながり」って
のができて、それも一気に濃厚にできて、世間様と
無縁ではいられなくなってくる。
子どもいないときは世間様なんていうなればどーでも
いいんよね。
だけど、子どもできると世間だの社会だのがいやでも
がっちがちにまとわりついてくる。
お世話にならないと生きていけんくなってくる。
その「お世話様」との対話にあたるんよ、毎日が。
それがおもい、めんどい。
でも、それなしだと一日も生きていけん。
ましてダンスなんてやってけん。
その重みだね、今しょってるのは。
ダンサーさんは子どもできたら、子ども連れで
ママクラスを日中ひらく、って流れにならざるを
得ない。
でもおいらはどーしてもそれをする気にならん。
多分、おいらの生き方がどっちかいうと男だからだと
思う。
ほんとはそんなのどっちでもいいんだけど、この国って
なんか無条件に女にうまれたら母になったらこういう
ふうにせんといけん風にシステムががっちがちに
できてて、あらがうのに異常に体力消耗する国でさ。
ママたちは偉大で、保育園の帰りとかお話するとみんな
めっちゃ立派で、しかもきれい。
さすがって思う人ばっかり。
でも私は自分がママになったからといって何か根本の
性根にあたる部分が変わるわけじゃないので、今まで
どおりの性格今までどおりの人間関係の趣味みたいな
ままがいいんよね。
この「ママになったらこういうふうにせんといかん」
風なののストレスが、この季節爆発しそうになる。
えんえんとパソコンにデータ打ち込んだり、クレジット
カードの請求書一年分そろえてみたいのやってるうちに
ふつふつとそのいらいらが沸き上がってくんの。
私は妊娠してから内職をはじめた。
保育園いかせるためだよ。
産んで一週間たたないうちにまた内職再開。
これもまた深夜1時とか3時とか、おきて内職してた。
3時間おきに起きる新生児抱えてこういう生活してたんよ。
なんでって人は言うけどさ。
そうしないと、保育園いれられないんだよ。
めちゃくちゃだろ?
でもダンスしながらこの国で生きて、子ども産むって
そういうめちゃくちゃを乗り越えないとできないって
ことなんだよ。
で、このめちゃくちゃさが人にはわかってもらえない。
説明してもわかってもらえない。
誰もそんなん、興味ないよな。
子どもを持つって、ものすごく私的なことだもんな。
普遍的なことだけど、一個一個本当に個別の事情と
背景があるもんな。
 この理不尽この不条理この鬱屈。
今日もまたデータとの格闘が始まる。
てかもう、この国とたたかってる気持ちになってくる。
ぜんぜん、ぜんぜん楽しくないねん、この国で子育て
するのわーーーーー!!!!!!!!! 



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December 16, 2016

まもなく本年最後のパフォーマンスを踊ります

雪は降っていないのに雪のにおいがします。私の思っている雪のにおいというのは空気が冷えたときに土や木の葉が発するにおいだったのかもしれません。
いよいよクリスマスの季節ですね。クリスマスなる行事が日本に入ってきてから、今の子どもの世代がおよそ3世代目か4世代目にあたるでしょうか。

私の両親は子どものころクリスマスを祝ったことのない世代でした。サンタクロースという存在が子どもにとっていいものである、ということが頭ではわかっても、自分が祝ってもらった経験がないためにどうしていいかわからないという戸惑いが感じられました。

祝いとは結局のところ、生きていることに感謝するという行為にほかなりません。クリスマスという行事は、多くの人々の痛みを背負って死んだ人が過去に本当にいたという信仰を抜きにすればはしにもぼうにもかからない行事だと私は思っておりましたし今でも思っているんですが、そうはいってもクリスマスにどれほど子どもが心躍らせるかという事実は時を重ねても少しも変わるものではありません。

祝い事には歴史と経験が必要なものだとすれば、私は私の両親に比較すれば少しはうまく子どもをだましてやるのが筋だろうと思います。ただ、プレゼントでびっくりさせて「人智ならざるもの」の不思議を植え付ける以上に大切なことは、いいことはわかちあうともっとうれしいという心だろうと思っております。たとえばいただきもののせんべいを分け合うとか、ミカンを半分にして分け合うとか、そういったことからはじまって、最終的には人の幸福を喜ぶといいますか、そういうことの価値を教えるのが最高のプレゼントだろうと思います。ですから祝うことひとつとってもまさに修行です。クリスマスには糠喜びをさせるだけでなく、その先を見据えた私なりの祝祭の在り方を伝えていきたいです。

日本は貧しい国でありました。わたしは十代をバブルの日本ですごしましたが、かつて貧しかった痛みを日々の生活の中でひしひしと感じておりましたし、あるいはあとになってあれは貧しさの残滓であったのかと気づくことが今だにあります。一方、現在の日本は整ったインフラの中に想像を絶する貧困と虐待を巧妙に押し隠した国です。私は学生時代になぜ自分が児童心理学を専攻しなかったのか、いまだに驚きと後悔をもってふりかえることがあります。それは私にとってあまりにど真ん中すぎて逆に手がつけられないジャンルであったのかもしれません。もしそのような道を選んで資格をとり、そのような職についていれば、私は今ごろなんとかして知る限りの子どもたちにプレゼントをもたらそうと奔走していたに違いありません。と同時に、プレゼントなどができることはあまりにも小さいという絶望と日々たたかっていたであろうと思います。

結果的に私は今こういう仕事についているわけですけれども、振り付けや衣装や音楽や組織やイベントや、そういったことを日々考え行動しながらも、心の半分はほかのところにあるのを感じています。昨日はシリアが停戦したけれどもそれに伴って悲惨な虐殺が行われた(またしても・・・)との報道がありました。見るも無残なアレッポの町から、いったい今の今までどうやって生きていたのかといういうような女性や子供たちが逃げ出していく映像を見ていました。私は2016年をシリアの年だと記憶することになると思います。

そして残り半分を、私のサルサ人生におけるビッグイヤーだというふうに認識することになるはずです。数えきれないほどの新しい出会いがありました。すべての歯車がかみあって回転を始めた年でありました。ブランクによってだめになった体が以前よりもいっそう大きく強く動くようになったことを今年の終盤になって実感できるようになりました。しなくてはいけないことが常に山積みで日々生きているのが精いっぱいではありますが、その中で着実な前進を実感できていることに感謝します。私自身の努力もありますが、相も変わらず周囲の方々に助けられていることを以前にもまして感じます。

秋に新しくチームを立ち上げました。大変な大所帯でやる気十分、来年のデビューに向けて練習を開始しております。チーム名はまだありません。おりてくるときはすこんとおりてくるんだろうと思ってあまりがつがつ考えておりません。その状態のまま、出演の場を着々と整えております。ご期待にそえる内容とレベルに至らせることができれば2017年は一層のビッグイヤーになるはずです。メンバーとともに自らを鍛え成長させていきたいと思っております。

明後日12/18(日)にはKzと本年最後のパフォーマンスをいたします。インストラクターにとってパフォーマンスというものはほとんどもう「存在のすべて」といっていいものであります。今年を象徴するような、殻をやぶったパフォーマンスを披露できるよう全力で取り組みますので、ご多忙きわまる時季とは存じますがぜひ応援にいらしてください。心よりお願い申し上げます。イベントの詳細はこちらでご確認ください。



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October 07, 2016

泣き笑い、というか、泣きっぱなしというか

秋本番の趣です。
皆さまお元気ですか。

私はかなり前に二週間に一度しか休日がない
スケジュールをこなしていた時期がありました。
本当にそのころは、お仕事の話が途切れなくて
どのように整理をつければいいのかわからなかった
のです。

今はそのようなムチャはしないしできないんですが、
9月は別の意味で、もっとずっと大変な一か月を
すごしました。
キューバンサルサコンテストの準備はしんどかった
ながら、相方がいたためにいろいろと話はできる
ぶんだけ気のぬきようはまだありました。
しかしその後の9/30のソロパフォーマンスに
むけての準備は我ながら壮絶を極めました。

まず、キューバンサルサコンテストのあとすぐに
体調を崩し、咳と頭痛のなかで子どもの面倒を
一人でみなくてはいけなくなりました。
遊び盛りの上にこれまで私が忙しかったのも
たたって、何をやっても何をいっても「やだ」しか
いわず、食事も遊びも寝かしつけも何もかもが
めちゃくちゃ。十分力は強いのでへそをまげると
歯がたちません。

週があけると今度はその子供に私の風邪がうつり、
病院に連れて行かねばならなくなりました。
家の者は私の仕事に理解はあるものの、まったく
助けになりません。
その状況でソロパフォーマンスの振り付けをする、
という最悪の事態でした。

自身の風邪もぐずぐずとなかなかよくなってくれず、
熱っぽくて集中できません。
じめじめした気候が続いて洗濯がはかどらず、
毎日の買い物と食事はひっきりなしです。
家の中はまさにごみ屋敷となり、あちこちに
かびやら虫やらがわいているのがわかります。
どうか熱を出さないでくれ、これで保育園にいけなく
なったら本当にこの仕事をキャンセルするしかない、
というところまで追い込まれました。

予約の一報をいれる余裕もなく、練習していたスタ
ジオから保育園にかけつけ、大きな荷物とともに
病院で1時間も待ちながら、ぬいぐるみやら絵本
やらを次々に差し出しては遊びを求めてくる子供
の相手をしていると朦朧としてきます。
食事に手を抜くと抵抗力が落ちるとはわかっている
ものの、野菜の皮をむくのがつらくて、体が重くて、
どうにもなりません。
そういう毎日が一週間続きました。

月曜日に一番、火曜日に二番、水曜日に中間部、
木曜日に歩き方と衣装合わせ、とすすみ、
光がさしたのは金曜日、本番の日の午前中でした。
このときにようやく、衣装と振り付けと歩きが
完全にかんだ感覚があって、いける、という気持ち
になりました。ここまでが本当に、あまりにつらく
長く、ノイローゼそのものだったと自覚しています。
夕方にはベビーシッターをむかえ、初顔合わせに
ぎゃあぎゃあ泣く子どもをふりきって六本木に向かう、
という結末でした。
出来はご覧の通りです。
私はこの作品をずっと、ライフワークとして踊って
いくと思います。
思い入れはとても言葉にはできないです。

その子どもが夜中や明け方にぎゃあぎゃあ泣くという
ことが家庭内で問題になりました。
私は、子どもというのはそういうもの・・・わけが
わからないままに泣くもの・・・だろうと思って
おりました。
しかし、指摘されてみてたしかに、そんなに泣かなく
てもいいだろうという気持ちもしてきました。

週があけて、私は朝子どもを送り出すまでと、夕方
保育園に迎えにいってから夜寝かしつけるまでの
4時間は家事とパソコンをしないというルールを自分
に課して一週間をすごしました。
これはいうほど簡単ではありません。

私はダンスのほかに、高校生の書いたものを添削する
という仕事をしています。
私は本来読むのも書くのも大好きなんですが、これは
ものすごい重労働です。

論理構成がどのようにできていないといけないかと
いうことを理解できるように、ときに強烈なメスを
いれていかなければいけません。
つたないとはいえ書き手は一生懸命考えて出してきて
いるので、そこに「ここはいらない」とか「こっちと
こっちをくっつけてこっちにおく」とかいう指示を
だすことには痛みをともないます。
大学の志望理由書になると、その出来栄え次第で
その子の人生が左右されます。
一枚一枚が真剣勝負です。

しかも原稿用紙が隙間なく真っ赤になるほどの作業量
です。
それを一日にかなりの枚数でこなしていかないと
締め切りに間に合わない。
その合間にダンスの準備とSNS対策があります。

この条件を満たしつつ子どもの前で家事をしないと
いうことは、ほとんど魔法を使わないとできないこと
なんですけれども、この一週間はその魔法を行使して
本当に子どもの前でいっさい家事をしませんでした。

保育園の帰り道を子どもは想像以上に楽しみにして
います。
私を独り占めできる絶好のチャンスなので、徹底して
寄り道をします。
おそらくあちらこちらちゃらんぽらん歩き回るのが
そもそも好きなタイプなんでしょう。
店という店にとびこんでひやかしていきます。
自動販売機にいたずらをするのも大好きです。

これまではなだめてすかしてときに怒って、家につれ
かえっていました。そうしないと夕食がつくれないから
なんですが、この一週間はひたすらそのちゃらんぽらん
に付き合いました。

もちろん全然帰宅できません。
真っ暗になってもまだ公園で遊んでいます。
それでも怒らないようにがんばりました。

ようやく帰宅してからもままごとやぬいぐるみ遊びに
つきあい、夕食のときには一緒に食卓につき、お風呂
嫌いが泣かないで風呂場にやってくるように工夫をして、
その後は歯磨きも髪をかわかすのも笑顔とユーモアで
こなすように鞭打ってがんばりました。

そうしたら。
なんと。本当に夜中に泣かなくなったのです。
びっくりしました。
たった一週間で、これまでずっと続いていた夜泣きが
なくなってしまいました。

もっと驚いたことは、保育園での友人関係が目に見えて
よくなったことです。
これまでは、私が迎えにいったときに年上の子どもたち
がわあっと私のところにやってくると
私の子どもは怒って泣き出していました。
自分だってかまってもらってないのに、というわけ
なんでしょう。

それが今日、迎えにいったら、ほかの子どもと私が
やりとりしていても余裕で自分のペースでほわんほわん
遊んでいました。
お昼寝は○○ちゃんとした、とまで言ってきました。
逆にほかの子どものほうからも、お昼寝を私の子どもと
一緒にした、という申告もされました。
そんなことはこれまでになかったことでした。
子どもはどうやら、わずかの間にすっかり満足して、
ほかの子とうまくやれるように急激に変わってきた
らしいのです。

私はこれまで、子どもにつらくあたったとは全然思い
ません。
ただ、夕食だけはちゃんとしないと、との一心で
子どもが泣いても一生懸命野菜を刻んでいたような
節はありました。
家事をしている母親の後ろ姿を子どもは好きである、
という思い込みというか思い上がりがありました。
そんなものは子どもにとっては少しもうれしくないと
いうことをようやく理解しました。

今日、ゆっくりしっかりと、子どもは歯磨きを私に
やらせてくれました。
ごろんごろん逃げ回られる日々からもしかすると解放
されるんだろうか。
いや、そんな甘いはずはない。
今日だけだ・・・。
揺れ動きつつ、今、パソコンの前に座っています。

明日はぽえたま@銀座ラスリサスです。
12時からのOn2は、これまでNYプレップを徹底してきた
のがそろそろ収穫期を迎えそうな予感があって、まと
まったルーティーンに発展していく頃合いではないかと
思っています。楽しみにしていてください。
13時からのOn1は、秋らしく、何か華のある技をご紹介
していきたいと思っています。
ぽえたまで様々な方と出会って、組むのが本当に楽しく
てやりがいがあるな、と互いに感じていただけることを
目標にご指導していきます。
ご参加をお待ちしております!



salsaconsul at 22:44|この記事のURLComments(2)TrackBack(0)

July 29, 2016

・・・なんてこったい

土曜、日曜とぽえたま、中目黒で踊り狂ったうえにその夜は
Kzとのパフォ錬。きびしい。きびしい。よる年波にきびしい。
サルサのほかにできることがないがゆえにサルサをしている
自分ですらこのスケジュールはきびしい。
この「おどってないとしんでしまうまぐろ」的な態度をもうそろ
そろ改めないといけない年頃なんだろうか。
どうなんだろう。なやむ。

でもってこの体のふしぶしというか、体の全部がつねに痛い
状態のところにもってきて、子どもがいうことをきかない。
路上で座り込む。歯磨きを拒否って家中走り回る。自販機の
前でジュースを買えと大泣きする。着替えがいやだおむつを
かえるのがいやだアイスクリームたべるケーキたべるあれが
いやだこれをよこせかまえあそべほんをよめ。
ほんとうにもうどうにもならない。
かーちゃんはねむいんだよう・・・・・えーんえーん。
私のあたまの中にある夕食をつくってくれるアシモがほしいよう。

でもって・・・今度の相模原の事件は・・・もう、茫然として
しまって、いろんなことが遅々としてはかどらない。
というか気持ちがもう前にいってくれない。
なんていうことだ。
あんまりな事件である上にもう一つ。
あの言葉がよみがえる。
「自分は悪いことはひとつもしていないといいきれる人は
彼女に石を投げなさい。」
そうだよ、私だって石は投げられないんだよ・・・。
今日だって、電車の中でずうっと何かをお話ししている人の
隣に腰かけることができなかった。

異なるもの、わからないものを遠ざけ疎んじる気持ちは人間
ならだれにでもある。
でもそれをどうやって乗り越えていくかにその人の尊さがある。
その「乗り越えていくところ」の入り口にまったくたどりつけ
なかった犯人。
誰だって、一生のうちのどこかで人の手を借りずには生きて
いけない状況におちいる。
この「誰だって」のところが犯人には想像できなかった。
自らが生まれたときのこと、自らが病におかされること、いつ
か歳をとって人の手なくしては一日も生き延びていけなくなる
ことが想像できなかった。

二十代は健康であるがゆえに他人に対して残酷になりやすい。
ほかの人間あっての自分だということがなかなか理解できない
年齢だ。
それでもどうにかして十年、二十年と時を重ねるうちに、
わかってくる。
人のあたたかさ、ありがたさ、自らの力のなさ。
それがわかったときにふと肩の力が抜けて、生きるのが楽に
なる。
犯人はそのずっと手前で、真っ黒な穴に吸い込まれたのだろう。
そのときあまりの寂しさにだれかを巻き添えにしたくなったのだろう。
私には、犯人のその歪んださびしさゆがんだ孤独が、
他人事とは思えない。

でももし自分の子どもがその巻き添えにされたらね、
そのときは、そのときは・・・自分はいったい、どんな尊厳を
みせることがきるというんだろう?
ご家族のことを思うと、いろいろなことが頓挫してしまう。

それでも毎日は続く。サルサも続く。
下北沢Urban Beat Syndicateの開催は明日です。
このイベントのフェイスブックページが立ち上がりました。
ご支持をいただけたら幸いです。

こんなときにこんなことを書くのもゆっくりゆっくりゆっくりしかできない。
けれどもそれでも、生きていかなきゃいけないんだよね。
私にとって生きていくってことはこれ、この記事を書いて、
明日を素晴らしい一日にすることだからさ。
みんなもさ、そうだよね。
なんとかして明日を素晴らしい一日にしたいと思って、床につくよねえ。





salsaconsul at 00:06|この記事のURLComments(3)TrackBack(0)
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