■SALSA FRESCA泣き笑い

June 25, 2017

先日ぽえたまにご参加くださった皆様ありがとう

私は、春に千葉県の田舎に引っ越しをしました。
そのとき、もともと千葉の環境と県民性が好きだったこともあって生活環境がかわることはさほど気にしていなかったのですが、子どもがらみの手続きが膨大だったことと、資金面のことと、もちろん物量のことと、そういったもろもろのことがずっしりとのしかかってきまして、自覚はしないようにしていたものの非常に肉体的にきつかったのです。まず眠る時間が極端に少なかったです。
ぽえたまのある土曜日は、一番先に保育園をあけてもらって一番最後に迎えにいく、といった「立場的なストレス」もありました。もともと幼稚園だったそこは、土曜日に開園するということそのものがこの春はじめてのことで、何か「先生たちの一週間のスケジュール、ひいては労働環境を自分がダンスのためにかえてしまっている」ということを空気で感じ取って申し訳なさを背負いこんでいるようなところがありました。私はそういう空気的なものをどうしても無視できないタイプで、かつそういうのが一番こたえます。
現在は私と子どもがついたときにはすでにほかの子どもたちが何人かいるような、かつ私が迎えにいったときに最後のもう一人と一緒に帰るような状況に落ち着いてきました。また、どうすれば最短の時間とエネルギーで行き来ができるかというパターン構成もできるようになりました。
土曜日はお弁当を作らねばならないというのも、引っ越ししてからの急激な変化にあたります。外国のように、栄養価の高い黒パンにチーズをはさめばいいというわけにもいかず、生来真面目な私は煮物焼き物酢の物とどうしてもひとおおり揃えないと気が済まず、木曜日に材料を集め金曜日の深夜に仕込みをはじめる、といったこともしておりました。たかが弁当ですが、実際にいま、子どもが土曜日の朝にリュックに弁当をいれて「ぽんぽん」と二回、まるで中に赤子でもいるかのようにいとおしそうに、むちむちした手でたたく様子をみていると、たかが弁当と捨て置けない「意味」を読んでしまいます。毎日かなりの距離を車で送り迎えしていますので、通常は夕食といってもラーメンだけ、ご飯と味噌汁と焼き魚でせいいっぱい、それでも子供はつまらないからといって食べてくれない、そんな日々です。そのような中で、土曜日に持たせる弁当だけは必ず手の込んだものを持たせてやりたいですし、実際子どもはその弁当を残してきたことがありません。おそらく、「いえの和食」というもののよさを子どもはこの弁当でもって記憶に落とし込んでいくんだろうと思います。
ぽえたまではパフォーマンスを二回、土曜日にやらせていただきました。そのときは前日も遅くまで練習していますし、朝の10時からリハーサルをしているわけですが、そのときにも暗いうちから弁当を作っています。練習場所も実際の場所も都心ですし、子どもの送り迎えもありますので、睡眠時間は2時間か3時間程度です。パフォーマンスには表の戦いと裏の戦いと、二種あるわけです。そしてそれはメンバーも同じですし、そのほかのチームでもそうです。
ダンスという夢のような仕事をさせていただいているわけですし、子どもという愛嬌のある生き物を預かっていることもまたありがたいことなので、このしんどさも含めて私は幸せなんですけれども、しわよせがどこにいくかといえば、「口がきけなくなる」というのがそれにあたります。しんどすぎて、レッスンの前後の声がでなくなってくるのです。そうすると生徒さんとの交流がどうしてもうすくなります。レッスンのまえやあとにかわすちょっとした言葉が、どれだけ生徒さんにとって励みになるかということを、私は海外のレッスンのとき非常に強く感じました。インストラクターがフランクで、公平で、明るいということはレッスン場におけるまさに救いというか、「神対応」というものが確かにあります。私はそれを自然な形でやろうといつも思っていますが、それが行動に移せない時期があったとすれば今年の前半がそうだったかもしれません。かえりの電車に間に合うのかどうか(保育園の迎えに間に合わないということがどれほど日本のおかあさんの心を病ませているかということは、ちょっとなかなか説明しにくいというか、男性には本当に、この件を「日本の女性の生きにくさ」の筆頭にあたることと理解して、髪を振り乱している私たちを愛してほしいです。何より半分背負ってほしいです。本当にそう願います。)気が気でない状況で生徒さんと楽しくお話をするというのはなかなか、難儀なことでした。
しかしようやく昨日のぽえたまでもって、私はこの暗黒時代から少なくとも片足は引き抜けたような気がしました。みなさんとお話できるようになりました。それが本当にうれしかったです。そして皆さまからいただいた笑顔からたくさん力をうけとりました。
真っ只中にいるときには自らの状況を客観的にみつめることができないものです。それに、パソコンに向かうこと自体ができないものです。昨日今日はそれができました。私はサルサという未知のダンスに挑むことが本当に好きです。最近、ますます好きになってきました。私は私自身の体やテクニックに対してとても大きな不満があります。いいぞいいぞと思って踊っているわけではありません。くやしいくやしいと思いながら踊っています。ちくしょうと思いながら踊っています。このことが、みなさんがもし少しやる気がでないとき、元気がでないとき、練習に再びいどむ力の源になればいいのですが。



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April 01, 2017

そんなバナナ

って昔言ってませんでした?今急に思いだしました。
この二か月の間、私はずっとそういう気持ちで毎日すごしていました。 

何が起こったかというと、突然引っ越しすることになったんです。千葉です。
私は元来、関東の中では圧倒的に千葉が好きです。県民性がのんびりしていて、道民と似ているからです。行列に並び遅れる、とか情報を取り損ねる、とかしてなんとなくいつもソンをしている雰囲気がいいのです。

おまえだけだろうって言わないで。

とにかく、のんびりやりたいんです、私。だから東京の西側の空気感、苦手です。
なんか、あんまりみんな「心底」楽しそうじゃない。

その点千葉は空も道も海も広々ダイナミックで、心が晴れ晴れするの。

だから引っ越しがうれしいかというと、もう今の私は引っ越しを簡単に喜べる時代じゃなくなっていた。なんでかって。保育園どうすんねん。

保育園ですよ。あの、あの、あの作業をまたやるんですよ。何が「あの」かというと、ここに私の前の記事を張っておきます。私のこのブログにおける、間違いなくベストトゥウェ二―に入る力作です。

これをやりましたよ、再び。心配とめんどくささで気も狂わんばかりでした。引っ越しの話が決まったのが1月の後半でして、それからずっと情報集めを必死でやりました。もう一次募集の時期はとっくに過ぎていましたので、二次募集に滑り込むためにはどうするか、ありとあらゆる手だてを総動員してがんばりました。名前だの住所だの勤務先だのを書いて、書いて、書きまくりました。証拠書類を刷って刷ってすりまくりました。フリーの人間が「働いてます」ことを証明するのはかくも大変なことなのです。通帳も納税証明書もHPのコピーも日本サルサ協会の資格認定証もありとあらゆるものを出しまくりました。役所に何度電話したかわかりません。こういう心境を「目の色が変わる」というんだろうな、と自覚をしておりました。保育園落ちたら私のサルサ人生が死にますゆえ。

この話をすると圧倒的に女性が共感してくれます。どうして日本て女だけがこの苦労しないといけないんだろうね・・・幸福度ランキング最低レベルなのあたりまえや。なんかきいたら、上の世代の女性達おんなじ苦労してて、保育園の迎えをベビーシッターにお願いしてそのベビーシッターさんが次の「夜の保育園(←ちょっとおもろい)」に連れていってってことまでしてるん。その手配だって膨大なエネルギー要するのよ。心労でおかしくなるわ。私も心労でおかしくなってました。ついさっきまで。そしてついさっき、すべてが終了したのです。

引越先の家が手配できました。引越先の保育園への手続きと健康検診がおわりました。往復四時間をもう何度もやっています。子ども手当の手続きもできました。税務署に個人事業主としての引越も申告しました。その間にも絶え間なく送られる内職をやり遂げました。パフォーマンスチームの中目黒での公演に向けた写真作成ができました。今後のイベント出演のための案内文がひととおり書き終わりました。フェイスブックへのレッスン案内ができました。その間にもずっとレッスンはあります。子どもはぎゃんぎゃん泣きます。そして昨日、二年間通った保育園の先生たちにお別れをしました。いっぱいお手紙を書きました。今までお世話になりましたと頭を下げるくらいでは到底収まらない、あふれるほどの感謝の気持ちがあって、ここのところお手紙なんて書けなかったですけれどもしんしんと冷え込む夜中にひたすら書きました。そのお手紙を朝お渡ししたら、夕方迎えにいったとき、先生たちの目がみんなぼわっと腫れていて、本当に別れを惜しんでくださっているのがひしひしと伝わりました。そういう心の起伏もこれまでに経験のないことでした。私は「愛着」とか「いつくしむ」という言葉と縁のない生き方をこれまでしてきましたが、今回はじめて別れが本当につらいことだと痛感しました。

明日は六本木Zona Libreでレッスンを二本行います。パフォーマンスチームを結成してからOn2のレッスンを受ける方がそちらに移行した関係で、On2のクラスはいつも空いています。私はMambo a la savoyというもっとも凝ったOn2のパフォーマンス作品の振り付けをもっているのと、On2を踊りこなすには本当に深い差異への理解がないといけないと実感していることから、長期的視点でOn2のレッスンを開催しています。動画を撮りためれば必ず役に立ちますので、なんとなくきっかけがなくて、でもほんとは興味があるんだけど、という方はぜひ私のレッスンを活用してください。レッスン時間と場所、料金一覧はこの前の記事で投稿しています。

それでは、またね!にしても花冷えというにはあんまりな今日の天気だねえ。


 



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February 16, 2017

みんなおはよう

元気?おいらは全然元気じゃないす。
きらいや。確定申告きらいや。
発狂しそうになるわ。
思うに、この世で会社員するのと公務員するのと
自営業するのと、まったく違う世界に暮らしてると
考えて間違いない。
おいらのおうちはばっきばきの公務員家庭だったゆえ
ノウハウの蓄積がないねん、自営業の。
それはそれで自分で勉強してきたからいいんだけど、
今になって思うに、本当のノウハウってのは「心」に
ある。
どういう構えで世の中をフローしてくか、世間と渡り
合っていくか、そのスピリットの部分なんだね、一番
習得が難しいのが。
それをマスターする「自営業初代」にあたるんよ、私は。
こーれーは正直いってむずいっす、おもいっす。
今になって「家訓」てのが存在する意味が、なんだか
ひじょうによくわかってきたよ。
子どもができて、そうすると「社会とのつながり」って
のができて、それも一気に濃厚にできて、世間様と
無縁ではいられなくなってくる。
子どもいないときは世間様なんていうなればどーでも
いいんよね。
だけど、子どもできると世間だの社会だのがいやでも
がっちがちにまとわりついてくる。
お世話にならないと生きていけんくなってくる。
その「お世話様」との対話にあたるんよ、毎日が。
それがおもい、めんどい。
でも、それなしだと一日も生きていけん。
ましてダンスなんてやってけん。
その重みだね、今しょってるのは。
ダンサーさんは子どもできたら、子ども連れで
ママクラスを日中ひらく、って流れにならざるを
得ない。
でもおいらはどーしてもそれをする気にならん。
多分、おいらの生き方がどっちかいうと男だからだと
思う。
ほんとはそんなのどっちでもいいんだけど、この国って
なんか無条件に女にうまれたら母になったらこういう
ふうにせんといけん風にシステムががっちがちに
できてて、あらがうのに異常に体力消耗する国でさ。
ママたちは偉大で、保育園の帰りとかお話するとみんな
めっちゃ立派で、しかもきれい。
さすがって思う人ばっかり。
でも私は自分がママになったからといって何か根本の
性根にあたる部分が変わるわけじゃないので、今まで
どおりの性格今までどおりの人間関係の趣味みたいな
ままがいいんよね。
この「ママになったらこういうふうにせんといかん」
風なののストレスが、この季節爆発しそうになる。
えんえんとパソコンにデータ打ち込んだり、クレジット
カードの請求書一年分そろえてみたいのやってるうちに
ふつふつとそのいらいらが沸き上がってくんの。
私は妊娠してから内職をはじめた。
保育園いかせるためだよ。
産んで一週間たたないうちにまた内職再開。
これもまた深夜1時とか3時とか、おきて内職してた。
3時間おきに起きる新生児抱えてこういう生活してたんよ。
なんでって人は言うけどさ。
そうしないと、保育園いれられないんだよ。
めちゃくちゃだろ?
でもダンスしながらこの国で生きて、子ども産むって
そういうめちゃくちゃを乗り越えないとできないって
ことなんだよ。
で、このめちゃくちゃさが人にはわかってもらえない。
説明してもわかってもらえない。
誰もそんなん、興味ないよな。
子どもを持つって、ものすごく私的なことだもんな。
普遍的なことだけど、一個一個本当に個別の事情と
背景があるもんな。
 この理不尽この不条理この鬱屈。
今日もまたデータとの格闘が始まる。
てかもう、この国とたたかってる気持ちになってくる。
ぜんぜん、ぜんぜん楽しくないねん、この国で子育て
するのわーーーーー!!!!!!!!! 



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December 16, 2016

まもなく本年最後のパフォーマンスを踊ります

雪は降っていないのに雪のにおいがします。私の思っている雪のにおいというのは空気が冷えたときに土や木の葉が発するにおいだったのかもしれません。
いよいよクリスマスの季節ですね。クリスマスなる行事が日本に入ってきてから、今の子どもの世代がおよそ3世代目か4世代目にあたるでしょうか。

私の両親は子どものころクリスマスを祝ったことのない世代でした。サンタクロースという存在が子どもにとっていいものである、ということが頭ではわかっても、自分が祝ってもらった経験がないためにどうしていいかわからないという戸惑いが感じられました。

祝いとは結局のところ、生きていることに感謝するという行為にほかなりません。クリスマスという行事は、多くの人々の痛みを背負って死んだ人が過去に本当にいたという信仰を抜きにすればはしにもぼうにもかからない行事だと私は思っておりましたし今でも思っているんですが、そうはいってもクリスマスにどれほど子どもが心躍らせるかという事実は時を重ねても少しも変わるものではありません。

祝い事には歴史と経験が必要なものだとすれば、私は私の両親に比較すれば少しはうまく子どもをだましてやるのが筋だろうと思います。ただ、プレゼントでびっくりさせて「人智ならざるもの」の不思議を植え付ける以上に大切なことは、いいことはわかちあうともっとうれしいという心だろうと思っております。たとえばいただきもののせんべいを分け合うとか、ミカンを半分にして分け合うとか、そういったことからはじまって、最終的には人の幸福を喜ぶといいますか、そういうことの価値を教えるのが最高のプレゼントだろうと思います。ですから祝うことひとつとってもまさに修行です。クリスマスには糠喜びをさせるだけでなく、その先を見据えた私なりの祝祭の在り方を伝えていきたいです。

日本は貧しい国でありました。わたしは十代をバブルの日本ですごしましたが、かつて貧しかった痛みを日々の生活の中でひしひしと感じておりましたし、あるいはあとになってあれは貧しさの残滓であったのかと気づくことが今だにあります。一方、現在の日本は整ったインフラの中に想像を絶する貧困と虐待を巧妙に押し隠した国です。私は学生時代になぜ自分が児童心理学を専攻しなかったのか、いまだに驚きと後悔をもってふりかえることがあります。それは私にとってあまりにど真ん中すぎて逆に手がつけられないジャンルであったのかもしれません。もしそのような道を選んで資格をとり、そのような職についていれば、私は今ごろなんとかして知る限りの子どもたちにプレゼントをもたらそうと奔走していたに違いありません。と同時に、プレゼントなどができることはあまりにも小さいという絶望と日々たたかっていたであろうと思います。

結果的に私は今こういう仕事についているわけですけれども、振り付けや衣装や音楽や組織やイベントや、そういったことを日々考え行動しながらも、心の半分はほかのところにあるのを感じています。昨日はシリアが停戦したけれどもそれに伴って悲惨な虐殺が行われた(またしても・・・)との報道がありました。見るも無残なアレッポの町から、いったい今の今までどうやって生きていたのかといういうような女性や子供たちが逃げ出していく映像を見ていました。私は2016年をシリアの年だと記憶することになると思います。

そして残り半分を、私のサルサ人生におけるビッグイヤーだというふうに認識することになるはずです。数えきれないほどの新しい出会いがありました。すべての歯車がかみあって回転を始めた年でありました。ブランクによってだめになった体が以前よりもいっそう大きく強く動くようになったことを今年の終盤になって実感できるようになりました。しなくてはいけないことが常に山積みで日々生きているのが精いっぱいではありますが、その中で着実な前進を実感できていることに感謝します。私自身の努力もありますが、相も変わらず周囲の方々に助けられていることを以前にもまして感じます。

秋に新しくチームを立ち上げました。大変な大所帯でやる気十分、来年のデビューに向けて練習を開始しております。チーム名はまだありません。おりてくるときはすこんとおりてくるんだろうと思ってあまりがつがつ考えておりません。その状態のまま、出演の場を着々と整えております。ご期待にそえる内容とレベルに至らせることができれば2017年は一層のビッグイヤーになるはずです。メンバーとともに自らを鍛え成長させていきたいと思っております。

明後日12/18(日)にはKzと本年最後のパフォーマンスをいたします。インストラクターにとってパフォーマンスというものはほとんどもう「存在のすべて」といっていいものであります。今年を象徴するような、殻をやぶったパフォーマンスを披露できるよう全力で取り組みますので、ご多忙きわまる時季とは存じますがぜひ応援にいらしてください。心よりお願い申し上げます。イベントの詳細はこちらでご確認ください。



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October 07, 2016

泣き笑い、というか、泣きっぱなしというか

秋本番の趣です。
皆さまお元気ですか。

私はかなり前に二週間に一度しか休日がない
スケジュールをこなしていた時期がありました。
本当にそのころは、お仕事の話が途切れなくて
どのように整理をつければいいのかわからなかった
のです。

今はそのようなムチャはしないしできないんですが、
9月は別の意味で、もっとずっと大変な一か月を
すごしました。
キューバンサルサコンテストの準備はしんどかった
ながら、相方がいたためにいろいろと話はできる
ぶんだけ気のぬきようはまだありました。
しかしその後の9/30のソロパフォーマンスに
むけての準備は我ながら壮絶を極めました。

まず、キューバンサルサコンテストのあとすぐに
体調を崩し、咳と頭痛のなかで子どもの面倒を
一人でみなくてはいけなくなりました。
遊び盛りの上にこれまで私が忙しかったのも
たたって、何をやっても何をいっても「やだ」しか
いわず、食事も遊びも寝かしつけも何もかもが
めちゃくちゃ。十分力は強いのでへそをまげると
歯がたちません。

週があけると今度はその子供に私の風邪がうつり、
病院に連れて行かねばならなくなりました。
家の者は私の仕事に理解はあるものの、まったく
助けになりません。
その状況でソロパフォーマンスの振り付けをする、
という最悪の事態でした。

自身の風邪もぐずぐずとなかなかよくなってくれず、
熱っぽくて集中できません。
じめじめした気候が続いて洗濯がはかどらず、
毎日の買い物と食事はひっきりなしです。
家の中はまさにごみ屋敷となり、あちこちに
かびやら虫やらがわいているのがわかります。
どうか熱を出さないでくれ、これで保育園にいけなく
なったら本当にこの仕事をキャンセルするしかない、
というところまで追い込まれました。

予約の一報をいれる余裕もなく、練習していたスタ
ジオから保育園にかけつけ、大きな荷物とともに
病院で1時間も待ちながら、ぬいぐるみやら絵本
やらを次々に差し出しては遊びを求めてくる子供
の相手をしていると朦朧としてきます。
食事に手を抜くと抵抗力が落ちるとはわかっている
ものの、野菜の皮をむくのがつらくて、体が重くて、
どうにもなりません。
そういう毎日が一週間続きました。

月曜日に一番、火曜日に二番、水曜日に中間部、
木曜日に歩き方と衣装合わせ、とすすみ、
光がさしたのは金曜日、本番の日の午前中でした。
このときにようやく、衣装と振り付けと歩きが
完全にかんだ感覚があって、いける、という気持ち
になりました。ここまでが本当に、あまりにつらく
長く、ノイローゼそのものだったと自覚しています。
夕方にはベビーシッターをむかえ、初顔合わせに
ぎゃあぎゃあ泣く子どもをふりきって六本木に向かう、
という結末でした。
出来はご覧の通りです。
私はこの作品をずっと、ライフワークとして踊って
いくと思います。
思い入れはとても言葉にはできないです。

その子どもが夜中や明け方にぎゃあぎゃあ泣くという
ことが家庭内で問題になりました。
私は、子どもというのはそういうもの・・・わけが
わからないままに泣くもの・・・だろうと思って
おりました。
しかし、指摘されてみてたしかに、そんなに泣かなく
てもいいだろうという気持ちもしてきました。

週があけて、私は朝子どもを送り出すまでと、夕方
保育園に迎えにいってから夜寝かしつけるまでの
4時間は家事とパソコンをしないというルールを自分
に課して一週間をすごしました。
これはいうほど簡単ではありません。

私はダンスのほかに、高校生の書いたものを添削する
という仕事をしています。
私は本来読むのも書くのも大好きなんですが、これは
ものすごい重労働です。

論理構成がどのようにできていないといけないかと
いうことを理解できるように、ときに強烈なメスを
いれていかなければいけません。
つたないとはいえ書き手は一生懸命考えて出してきて
いるので、そこに「ここはいらない」とか「こっちと
こっちをくっつけてこっちにおく」とかいう指示を
だすことには痛みをともないます。
大学の志望理由書になると、その出来栄え次第で
その子の人生が左右されます。
一枚一枚が真剣勝負です。

しかも原稿用紙が隙間なく真っ赤になるほどの作業量
です。
それを一日にかなりの枚数でこなしていかないと
締め切りに間に合わない。
その合間にダンスの準備とSNS対策があります。

この条件を満たしつつ子どもの前で家事をしないと
いうことは、ほとんど魔法を使わないとできないこと
なんですけれども、この一週間はその魔法を行使して
本当に子どもの前でいっさい家事をしませんでした。

保育園の帰り道を子どもは想像以上に楽しみにして
います。
私を独り占めできる絶好のチャンスなので、徹底して
寄り道をします。
おそらくあちらこちらちゃらんぽらん歩き回るのが
そもそも好きなタイプなんでしょう。
店という店にとびこんでひやかしていきます。
自動販売機にいたずらをするのも大好きです。

これまではなだめてすかしてときに怒って、家につれ
かえっていました。そうしないと夕食がつくれないから
なんですが、この一週間はひたすらそのちゃらんぽらん
に付き合いました。

もちろん全然帰宅できません。
真っ暗になってもまだ公園で遊んでいます。
それでも怒らないようにがんばりました。

ようやく帰宅してからもままごとやぬいぐるみ遊びに
つきあい、夕食のときには一緒に食卓につき、お風呂
嫌いが泣かないで風呂場にやってくるように工夫をして、
その後は歯磨きも髪をかわかすのも笑顔とユーモアで
こなすように鞭打ってがんばりました。

そうしたら。
なんと。本当に夜中に泣かなくなったのです。
びっくりしました。
たった一週間で、これまでずっと続いていた夜泣きが
なくなってしまいました。

もっと驚いたことは、保育園での友人関係が目に見えて
よくなったことです。
これまでは、私が迎えにいったときに年上の子どもたち
がわあっと私のところにやってくると
私の子どもは怒って泣き出していました。
自分だってかまってもらってないのに、というわけ
なんでしょう。

それが今日、迎えにいったら、ほかの子どもと私が
やりとりしていても余裕で自分のペースでほわんほわん
遊んでいました。
お昼寝は○○ちゃんとした、とまで言ってきました。
逆にほかの子どものほうからも、お昼寝を私の子どもと
一緒にした、という申告もされました。
そんなことはこれまでになかったことでした。
子どもはどうやら、わずかの間にすっかり満足して、
ほかの子とうまくやれるように急激に変わってきた
らしいのです。

私はこれまで、子どもにつらくあたったとは全然思い
ません。
ただ、夕食だけはちゃんとしないと、との一心で
子どもが泣いても一生懸命野菜を刻んでいたような
節はありました。
家事をしている母親の後ろ姿を子どもは好きである、
という思い込みというか思い上がりがありました。
そんなものは子どもにとっては少しもうれしくないと
いうことをようやく理解しました。

今日、ゆっくりしっかりと、子どもは歯磨きを私に
やらせてくれました。
ごろんごろん逃げ回られる日々からもしかすると解放
されるんだろうか。
いや、そんな甘いはずはない。
今日だけだ・・・。
揺れ動きつつ、今、パソコンの前に座っています。

明日はぽえたま@銀座ラスリサスです。
12時からのOn2は、これまでNYプレップを徹底してきた
のがそろそろ収穫期を迎えそうな予感があって、まと
まったルーティーンに発展していく頃合いではないかと
思っています。楽しみにしていてください。
13時からのOn1は、秋らしく、何か華のある技をご紹介
していきたいと思っています。
ぽえたまで様々な方と出会って、組むのが本当に楽しく
てやりがいがあるな、と互いに感じていただけることを
目標にご指導していきます。
ご参加をお待ちしております!



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July 29, 2016

・・・なんてこったい

土曜、日曜とぽえたま、中目黒で踊り狂ったうえにその夜は
Kzとのパフォ錬。きびしい。きびしい。よる年波にきびしい。
サルサのほかにできることがないがゆえにサルサをしている
自分ですらこのスケジュールはきびしい。
この「おどってないとしんでしまうまぐろ」的な態度をもうそろ
そろ改めないといけない年頃なんだろうか。
どうなんだろう。なやむ。

でもってこの体のふしぶしというか、体の全部がつねに痛い
状態のところにもってきて、子どもがいうことをきかない。
路上で座り込む。歯磨きを拒否って家中走り回る。自販機の
前でジュースを買えと大泣きする。着替えがいやだおむつを
かえるのがいやだアイスクリームたべるケーキたべるあれが
いやだこれをよこせかまえあそべほんをよめ。
ほんとうにもうどうにもならない。
かーちゃんはねむいんだよう・・・・・えーんえーん。
私のあたまの中にある夕食をつくってくれるアシモがほしいよう。

でもって・・・今度の相模原の事件は・・・もう、茫然として
しまって、いろんなことが遅々としてはかどらない。
というか気持ちがもう前にいってくれない。
なんていうことだ。
あんまりな事件である上にもう一つ。
あの言葉がよみがえる。
「自分は悪いことはひとつもしていないといいきれる人は
彼女に石を投げなさい。」
そうだよ、私だって石は投げられないんだよ・・・。
今日だって、電車の中でずうっと何かをお話ししている人の
隣に腰かけることができなかった。

異なるもの、わからないものを遠ざけ疎んじる気持ちは人間
ならだれにでもある。
でもそれをどうやって乗り越えていくかにその人の尊さがある。
その「乗り越えていくところ」の入り口にまったくたどりつけ
なかった犯人。
誰だって、一生のうちのどこかで人の手を借りずには生きて
いけない状況におちいる。
この「誰だって」のところが犯人には想像できなかった。
自らが生まれたときのこと、自らが病におかされること、いつ
か歳をとって人の手なくしては一日も生き延びていけなくなる
ことが想像できなかった。

二十代は健康であるがゆえに他人に対して残酷になりやすい。
ほかの人間あっての自分だということがなかなか理解できない
年齢だ。
それでもどうにかして十年、二十年と時を重ねるうちに、
わかってくる。
人のあたたかさ、ありがたさ、自らの力のなさ。
それがわかったときにふと肩の力が抜けて、生きるのが楽に
なる。
犯人はそのずっと手前で、真っ黒な穴に吸い込まれたのだろう。
そのときあまりの寂しさにだれかを巻き添えにしたくなったのだろう。
私には、犯人のその歪んださびしさゆがんだ孤独が、
他人事とは思えない。

でももし自分の子どもがその巻き添えにされたらね、
そのときは、そのときは・・・自分はいったい、どんな尊厳を
みせることがきるというんだろう?
ご家族のことを思うと、いろいろなことが頓挫してしまう。

それでも毎日は続く。サルサも続く。
下北沢Urban Beat Syndicateの開催は明日です。
このイベントのフェイスブックページが立ち上がりました。
ご支持をいただけたら幸いです。

こんなときにこんなことを書くのもゆっくりゆっくりゆっくりしかできない。
けれどもそれでも、生きていかなきゃいけないんだよね。
私にとって生きていくってことはこれ、この記事を書いて、
明日を素晴らしい一日にすることだからさ。
みんなもさ、そうだよね。
なんとかして明日を素晴らしい一日にしたいと思って、床につくよねえ。





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June 13, 2016

札幌でのこと

こんにちは。どしゃどしゃばしゃばしゃすごい雨ですね。
ようやくパソコンの前にゆったり座っております。

今朝、5時半に子どもにたたき起こされまして遊ばされて
おりました。私が中目黒にいたためにあんまり昨日の
夕食たべてないのですね。オレンジやらバナナやら
すごい勢いで食べてました。

で、こちとらもう土曜日曜でへろへろなものですから
遊びきれなくて6時半くらいに布団につっぷしましたら
色鉛筆が入ったカンカンでおもいきり鼻っぱしら
ばっしゃーんとなぐられまして、ああでもここで怒ったら
いかんわいなー、あそんでほしいんだもんなーと
思いつつもそのまま顔さすりながら30分くらい寝て
しまいました。だってもう、ねむいし!!!!!!!!

札幌の話します。
昨年の秋に祖母が亡くなりました。火葬場の紅葉が
本当にきれいなときで、もう何年も北海道の秋というのを
みてなかったもので、ああこんなにいいもんだったかな、
と素直に思いましたですね。

ぽえたまで札幌にいった五月の週末の、ちょうど一週間
前が納骨だったのですが御参りにはいけませんでした。
そういうことのできるほどの余裕のある生活ができたら
ほんとはどんなにいいだろうと思うところです。

で、ぽえたま札幌出張です。
直前までぜんぜん緊張してなくて、本当に楽しみにして
おりました。それはもう面倒なところを全部ギンさんが
引き受けてくださってるからです。エルマンゴさんとも
ハバナさんとも調整を全部やってくださって、私は
タイムスケジュールとか内容とか、ほんとにそういう
ダンスと直接的に関わるとこだけでよかったので、
純粋に楽しみにしておられたわけです。

それが異変がおきたのは、出発の二日くらい前でして。
札幌のサルサファンから「今回はパフォーマンスは
あるのか」と問い合わせがあったという不穏なメールが
飛び込んできたことです。

今度札幌に、札幌から東京砂漠でがんばっていると
いう無名のインストラクターがやってくるという。
それがしょってるのが錦なのか何なのか
確かめておくことはやぶさかではない。

で、スケジュールをみるとパフォーマンスがない。
パフォーマンスがない。
パフォーマンスが、ない?


何しにくんねん


誰だってそう思いますわ。いろんなことをよく知っている
わりに自分のことをあまりにも知らない自分ですら
上記のように思いましたもん。ただし出発二日前に。
そこからですわ、ボストンバッグに二泊三日の着替えを
つめて楽しい札幌旅行をしようよ的な春色気分が一掃
されたのは。

巨大ダンボールに着替えの衣装のおむつのなんの、
ものすごい荷造りをして宅急便おくり、それでもスーツ
ケースはどかんどかんはちきれんばかり、それにやたら
はりきっている二歳の子どもをしょっかかえて飛行場へ。
最高の季節の北海道ではありますが、気分は三日前とは
大違い。われは仕事にいくのである。当たり前のことを
認識するのがあまりにも遅すぎたのだった。

さて、実家で子どもを慣らしてしばしのばいばいをしまして
札幌入りした自分は、荷物をホテルに預けて郊外の
スタジオに向かいました。はじめての利用でも電話一本で
うけてくれるスタジオでありがたかったです。

ここで周辺からきこえるフラメンコの方たちのどかんどかん
踏み慣らす音とオレーやアサーの掛け声と手拍子の
BGMの中ですごす一人の2時間が非常に印象深かった
です。

どんっどん緊張が高まっていきました。
別に緊張したところで自分の何が変わるわけでもないと
いうことが理屈ではわかっていても、やはり札幌の人たちに
「あんまりよくなかった」という印象を残すことがどれだけ
残念なことかということが、実感として体に入ってきたのです。
それがリアルになるにつれ恐怖に変わっていきました。

札幌入りしてからそういう気持ちになるということは数日前
までまったく予想していないことでした。

それから私の本気スイッチが入りました。

だかといって私の何がいまさら変えられるわけでもない
です。急に顔や体型やダンスのテクニックが変わるわけ
じゃないですもんね。
ただやろうと思っていたものをちゃんとやったという
そんだけのことです。

札幌ではまったく観光しませんでした。
昼ごはんは二日続けてホテルに一番近い蕎麦やでした。
あとはずっと缶詰でいろんな準備にあてていました。

全部の仕事が終わったときに、急に、札幌で仕事ができた
ときに祖母はいなくなっていたということが身にしみました。
去年だったら祖母はまだいて、お話もできたのです。
それが、今年になったときに、祖母はもういなくて、
前の週にお墓に入って、そこで自分ははじめて札幌で
サルサを踊ったのでした。

たった一年の差でこういうことになってしまった。

人が死ぬということは、二度と会えなくなることなのだと
いうことがこのときはじめて本当にわかった気がしました。
それが私にとっては実に残念なことでした。

でありますが、祖母がなくなることで私にとって新しい
札幌が始まったのだなということもなんとなくわかる気が
しました。もう自分で作っていくしかないのです。

サルサと、札幌のサルサの方々と、ぽえたまの皆様に
関しては、みんなが楽しい楽しいを連発していて、それが
嬉しくてたまりませんでした。
本当に素晴らしい二日間でした。





salsaconsul at 10:54|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

March 31, 2016

おおいなる理不尽

こんにちは!今日は「さびしさ」がテーマ。いえーい。

今日、一気に桜が咲き出しましたね。
私とこの団地はこの桜が自慢で、どこの中庭にも桜が植わっています。人々の心の支えです。この桜が毎年私のさびしさの原因になるって話をします。

桜の季節っていうとこちら(本土)の方はなんでかかように浮かれますかね。わーおこらないでーつめたくしないでーひねくれてるって思わないでーこの長い寒い枯れた冬のあと一気に街を彩るピンクのお告げのどこに文句があんねんていわないでー。私は桜にはぜんぜんもんくないです。いいもんだなーと思います。でも、

そうっと眺めてるのがいいんです

わかってもらえますか?買い物いくんでも駅まで歩くんでも、きれいな桜いっぱい咲いてますよ。それでもう十分なんです。みんなでいっせーのーせ・・・ってとこがどーーーしてもだめなんですよ。思えばこの「せーのーせっ」コンプレックスのために多くの機会を逸してきた気がしますね。反省はしませんが、さびしいです。私にとって春はそういう季節です、毎年。それとハロウィンです。

昨日のことですが、私はネットで情報集めをしている最中に切ないものを目にしてしまいました。「現代日本の子どもの六人に一人が貧困の状況にある」というものでした。その前には現在大学生の半分以上が奨学金をえているというのも知りました。私は内職の形で高校生たちの生の声にかなり触れていますので、彼らにとっての進学や就職の意味がかつてより大きく変化しているのを目の当たりにはしています。

彼らは驚くほど頻繁に「自分は親に迷惑をかけている」と書いてきます。その理由は「お金がかかるから」と。そして「だから早く就職して親に恩返しをしたい」というのです。かつての子どもはそのようなことはいわなかったと私は思います。進学することが親への恩返しでした。現在、学校の給食が一日において唯一のまともな食事であるという子どもが多くいるという現実があります。窮状に気づいた先生たちがカップめんやレトルト食品をストックしてひそかに渡している。学校が子どもたちの学びと成長の場どころか、命綱になっているという現実。私たちにまずできることは、もし「!」という瞬間があったら何か、なんでもいいから何かをしてあげることです。

子どもの命がすぐそばで危険にさらされているかもしれない。私たちは今、そういう目で周囲を見てあげる必要があるんだろうと思います。

私にとっても貧困はけして遠い話ではなく、ダンスをはじめた当初は月八万円で生活していた時期もありました。ほんとの話です。米が買えなくて、冗談抜きで盗もうかとすら思ったこともありました。シャワーを浴びたくて公共の施設に忍び込んだことすらあったのです。ただ、サルサのことを見たい知りたいという気持ちが強烈で、そのような好奇心が貧乏に打ち勝つうえで強力な武器になりました。知りたいことにしゃにむに向かう姿勢は多くの問題を後回しにして前へすすむ力になります。

今、私は縁あってサンテリアのことを調べに調べていますが、このしんどい作業を通じてはじめてキューバというか、ラテンアメリカのことを本当に理解する糸口をつかんだ手ごたえがあります。

最近私は日系ペルー人で最近日本国籍を取得した女性とそのお子さんと一緒にご飯を食べました。高校に合格したお祝いで、とても喜ばしい席でした。そのときその女性が、食前の祈りを捧げてアーメンと結ぶところを目の当たりにしました。キリスト教徒でも都会暮らしだとこのような祈りを捧げたりは昨今はあまりしないと思います。ですからそのとき、ああ自分はよきものを見せて聞かせていただいた、とつくづく思いました。生アーメン、ですね。

私はサンテリアのことを調べていたので、ラテンアメリカの国々の人々の心情に与えるキリスト教、特にカトリックの影響の強さにようやく気づき始めていたところでした。彼女(アーメンを唱えたお母さん)によると、彼女たちも聖人信仰というのをとてもポピュラーに行っていて、ペルーでもとても普通のことといいます。

私たちはクラブでたくさんのペルー人と会いますし、イベントをしているペルー人もたくさんいますけれど、彼らの祈りについて考えたことはないと思います。われわれもわざわざなんで初日の出を拝むのか、なんで人が亡くなると合掌するのか、考えたり説明したりしません。でも、それらの無意識の行為をわれわれから引っこ抜いたら、われわれは誰でもなくなってしまうのです。私はそのことに今、激しく気づきつつあります。

われわれがどこからきて、何者であるかという部分、われわれが災害や事故や病気、そしてそれこそ貧困のような大いなる理不尽にであったときだれに、どこに助けを求めるのか・・・その、人間の人間たるところに強く結びついているのが宗教なのです。当たり前すぎて、力をいれて書くのも恥ずかしいことですが、私はサルサ教にはまりすぎたがゆえにその手前にあるものをこれまで見過ごしてきすぎたかもしれません。

私は今、キューバ人およびラテン人がなんであるかについて、これまでとまったく違う角度から急激にアプローチをかけている真っ只中にあります。今日はこれで、時間切れです。





salsaconsul at 16:02|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

March 11, 2016

とうとう国会いったか

保育園落ちた日本死ねがとうとう国会にいった。
あの文面のポイントは「エンブレムにいくらかけてる金が
あるなら保育園つくれ」という部分にあったと私は思う。
女性の人生という「実態」がオリンピックのマークという
「記号」以下のものとしかとらえられていないこの国の
異常なまでの後進っぷりを見事にいいあてていた。

待機児童問題の背景は単純といえば単純だし複雑と
いえば複雑だけれども、私は男性にも女性にも存在する
「男性の庇護のもとで家事と子育てに専念する人生の
どこに、なにに問題があるっていうんだ?そんなに
幸せなことはないじゃないか」という惑いが問題の根源
のひとつだと信じて疑わない。

家事と子育てに専念する女性の人生は、かつては
その形で十分な社会参画になっていた。輝いていた。
女性たちはその形にはまることで満足することができたし、
自らの生を全うすることができたし、何よりも社会がその
ような女性たちを評価するシステムになっていたのだった。
だから女性たちは個々に悩みくるしみながらも「社会が
私を評価してくれている」という確信のもとで生きていく
ことができたのだと思う。

しかし現代社会はそのような生き方を、理想の形として
概念上温存はしながらも、現実としては評価してくれない。
自らが自らを評価するだけで生きていけるほど人は強く
ない。単純に、女性には収入が必要だ。男性はもう女性
の人生を支える体力を持ちえない。現実がそうなのだ。
だから保育園に落ちたら母親は子どももろとも死ぬので
ある。誰が書いたかわからないあの文面の女性がいう
ところの「死」という言葉の重みは、そういう意味にほか
ならない。

今日私は子どもを役所の健診につれていった。
子どもは気管支だ鼻だ耳だ歯だといってたえまなく病院
につれていかなくてはいけない。それなのに役所の健診
につれてこいという。昨年三度も入院してみっちりみて
もらっていて、これ以上何を健診してもらうのかわからない
と何度説明してもこいこいこいこいこいこいこいこいと
電話がかかってくる。問診票をみると「子育ては楽しい
ですか」「子育ての悩みを相談する人はいますか」と
要するに親の健診をして虐待を防止せんとの意味合い
なのだった。

健診は昼前に申し込みして終わるのは夕方である。
つれてきているのは全員母親であった。
ここでも問う。なぜ母親はむだな健診のために仕事を
休んでいいという理屈が「役所では」通るのだろう?
男性が守ってくれるからか?
その男性とは、どこの誰のことなのか。
その男性は私たちの人格と名札をもって、私たちが
穴をあけたその職場で私たちのようにこまごまと気を
はたらかせて働いてくれるとでもいうのだろうか?

本当にもう、この国は、この国の政治は、アホである。
誰が書いたかわからないのでといわれて「それなら
私が書きました」とこたえるいかにもネット民らしい
ユーモアがなかったら、本当にこの国には救いがない。
笑いだけが私たちを救う。
政治のレベルは嗤うしかないけど。

怒りにふるえながら、明日は12時から銀座ラスリサスで
ON2レッスンをスタートします。13時からはいつものように
ON1に入りますよ。ON2は基礎はちゃんとやりながらも
現実的にペアで踊れるようにすることを重点にします。
料金は12時から17時のラストまでが3000円、13時からが
これまで同様2200円、15時以降は1500円です。
私の仕事は最高です。私は仕事が大好き!
これからもよろしくね!

--------------------------------------------------------------
3/12(土)12:00-17:00銀座ラス・リサス「ポエトリー魂」
12:00-13:00 On2基礎ペアワーク

13:00-13:30 On1基礎テクニック
13:30-15:00 On1ペアワーク
ビギナーレッスンご希望の方には主催のSal Ginさんが担当します 
15:00-17:00 フリーダンスタイム

12時から3000w1d
13時から2200w1d(レッスン中ミネラルウォーターサービス)
15時以降1500w1d


「ポエトリー魂」は毎週土曜日の開催です。
第二、第四土曜日はRIOがレッスンを担当。
第一、第三、第五週の土曜日は初心者さん専用デイです。




salsaconsul at 20:10|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)

December 31, 2015

暮れの元気なご挨拶

皆様 まもなく今年が終わろうとしています。いえーい楽しく飲んでますかー???

今年は私にとって出会いの一年、そのひとことに尽きます。
たくさんの新しい生徒さんとの出会いと、業界の方との出会いがありました。

私から多くの方に一緒に仕事をしたいと申し出をさせていただきました。
また多くの方から一緒に仕事をしようとの申し出をいただきました。

すべての皆様とおてんとさまの計らいに感謝します。んもう最っ高の一年でした!!!

来年もばーりばり働いて、最高のダンスを踊って、みんなと笑いと感動をご一緒させていただきたいぞよ。
どうぞどうぞよろしくね!!!!すぎゆく2015年に、かんぱーい!!!!!




salsaconsul at 23:45|この記事のURLComments(0)TrackBack(0)
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