■SALSA FRESCA泣き笑い

November 04, 2019

休むこと、何もしない人、終わったことやこれからのこと

こんばんは。
今年は三連休が多いですね。
本当は毎日の仕事が短くなって、それぞれの都合で休めるほうがずっといいですけれども、日本人はどうしてもいっせいにじゃないと休めない国民性です。だとしたら、祝日が多いのはよいことです。

休みがあれば、お部屋の掃除もできますし、普段しないこともできますし、家族や友人とゆっくりすることもできますし、要は人間らしく生きられますものね。昨年だったか、どこかで水曜日が祝日になったことがあったときに、二日休んで一日休む、この形が最高!という絶賛がネット上にあふれたそうです。そうですね、水曜日がみんなお休みだったら、日本人はずっと幸せに生きられるのかもしれない。

いま、こんな時間にパソコンに向かえるのは子どもが昼寝をはじめたからです。本当に、朝から子どもの遊びたい遊びたいに付き合い続けるのは修行です。人形ごっこにも限界がある、、、うちのは本当によくしゃべるので、頭がへとへとになってしまうのです。一日中外で遊びたいお子さんの相手で体がへとへとになってしまうのもまたつらいでしょうし、いやいやもう毎日が必死です。

子どもが子ども同士で遊ぶことがなくなった現代社会。その実態は私も、なってみるまでわかりませんでした。夫も「子どもは三歳にもなれば近所の子ども同士で遊ばせればいい」というようなことを少し前まで言っていました。かつてはそうだったのです。しかし子ども同士が勝手に遊んでいるように見えるその周りには、いつも家にいる複数の大人たちの存在があったのであり、また車のこない裏道や空き地があったのでした。

いまは日中家には誰もいません。車のこない空き地もありません。子どもの安全をそれとなく見ているいわゆる「目」がありません。したがって子どもはいつも、親か、そうでなければ有料で雇われた誰かとともにいるしかないのであり、子どもが子どもだけで遊ぶことはもうなくなりました。もうないのだ、ということを認めるまでに、昭和の人間には長い時間がかかります。人間はかつて自分がそうであった記憶から逃れられないものですし、変化に気づかないものなのです。

幸せ探しとは、結局のところ「何もすることがない時間をどれだけ多くの人がどれだけ豊富に持つか」に行きつくように思います。ですから、私は何もしなくていい人、いまいわゆるひきこもりと勝手に呼ばれているような存在が、もともと社会を円滑にまわしていたのであり、そこにひきこもりなんて名前をつけたこの社会のほうが病んでいるのだと思っています。何もしなくてよい人は、子どものさびしさや悩みに向き合う時間もありましょうし、高齢者とお茶を飲むこともできましょう。忙しい人にはそういうことができません。何もすることがない人の存在は世の中を笑顔で満たすでしょう。何もすることがない、それは幸福のバロメーターです。

先日、もともとニュープラネットが予定されていたけれども私が担当から外れた11/1金曜日に、このブログを訪ねてくれた方がたくさんいたことをあとで知りました。フェイスブックのほうで情報がないので調べにきてくれたんだと思います。ありがとうございます、そしてすみません。私がやらなくてもほかのイベントがたつ可能性があったので、「ニュープラネットはやりません」という情報をフェイスブックでまわすことができなかったんです。ご理解ください。ご予定くださっていた方には申し訳ありませんでした。

金曜日ということでもっと多数のお客様を集めなくてはいけないというのが店の事情としてあったようです。私の人脈と手腕では現状すぐに大規模化することはできないということで、役を外れることになりました。子育ての責任もあり、かつ地方に移住した私としては大きな企画を一気に実現することはかないません。きめこまかく人々の間をまわってご挨拶を重ねていくような仕事ができませんし、親がちょこまかとスマホに向かうことは子どもの幸せをそぐことになります。ただ、これまででもっとも力を尽くしたのは間違いありません。その意味で得たものはとてもとても大きかったのです。続けられないのは残念なことでした。

幸いにも日暮里サルーさんにおけるボンデージュ・ナイトが着実に布石を敷いています。手堅く音楽にかけた企画のほうがもたず、ぶっとんだ企画のほうが軌道にのりました。ニュープラネットのほうも当初はより大胆な企画も考えていたのですが、諸条件が整いませんでした。現在はやはり、なんといっても難しい課題が世の中にあふれかえっています。そこからうまく逃避できる、現実離れした企画が評価される、という「いま」なのだと思います。ボンデージュでは、これがなければ一生こんな服着ませんでしたという服を完璧な化粧でキメることが可能です。女性には、人生観が変わるほどの体験ができます。そして男性の方々から大変ご好評をいただいています。女性のビジュアルの完成度が高くて、目が楽しいということです。私自身ももちろん、ここでしか着ないものをここでしかしない顔で着ています。皆様もぜひ体験してみてくださいね。ともみんの嫌味のないセクシーさとやさしさがこのイベントの顔です。

そうそう、ニュープラネットでは、非常に懐かしい顔との再会が複数あったんです。これが非常にうれしかったです。十年を超えるおつきあいが仕事でできるのは、私の宝です。Kzとのレッスンのあとのごはん会も貴重ですし、ラスリサスやレオンでのソーシャルの時間も大切です。今月は11/23土曜日の夜に新宿のカフェ・ラバンデリアでリオチル同窓会があります。もともと十年以上のお付き合いの方たちが集まっていたものですが、今年からはもっとオープンにするということでどなたさまもいらしてみてください。カフェ・ラバンデリアの雰囲気はちょっとほかには見当たらないものです。私はDJをしますので、皆様は楽しく踊っていってください。企画はじゅんちゃんという二児のお母さまが大変ななかをぬってやってくれています。ご苦労様です。



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October 24, 2019

台風がすぎて天皇さんがかわって

今回の二度の台風は本当に大きかったです。
私は三日前から食料の備蓄や保険内容の確認、ブルーシートで室内を覆う、窓ガラス対策をする、ふろ場を漂白して水を張るなど作業に取り組みました。台風当日はほとんど寝ないでニュースをみておりました。子供になにかあったらと思うと。最新情報を得て、すぐに対応できるようにしておかなくてはと考えておりました。

ヨーロッパにおいては、これら災害の被害がましていることは温暖化の結果とすでに社会的に認識が確定しています。そんなのは関係ないと名目上とはいえまだ突っ張る国々、私たちは発展途上なんだからと開き直る国々、そうはいってもカイシャを守らないとねとのらりくらりと逃げ回る国々、どれもこれもふがいないことで。

希望といえば、人口光合成の研究には膨大な予算が投入されています。日本の企業にもこれに参加しているところは多数。社会の先端をいく企業がこれに積極的に取り組んでいるようにみえます。私の予想では、2030年には人口光合成が実現しているのではないかと思います。また、ものをロボットが効率優先で届けることでエネルギーロスが少なくなっていくでしょう。太平洋の島々が水没する前に、ホッキョクグマが絶滅する前に、温暖化を食い止められるのかどうか。この国だって多大な土地が水没します、このままいくと。情けないことに個人としてできることはゴミの分別くらいしかありません。私としてできることは、温暖化のような理系の問題ではなく、人間が幸福に生きるという文系側の問題に真摯に取り組むことです。この二つは表裏一体でかかわっていますので、やはりそれぞれができることを懸命にやるしかないと思われます。

ラグビー日本チームは素晴らしかったですね。私は生徒さんとパブで応援するという新しい趣味を発見しました。いや、サルサを仕事にしてしまった今となっては、もう唯一の趣味といってもいいほどの興奮でした。試合内容といい、他人同士でともに絶叫する経験といい、人生最大級の面白さでした。今度このレベルの喜びがいつ経験できるかわかりません。来年のオリンピックのとき、こういうことがあるのでしょうか。そうだ、私はソフトボール女子が本当に好きなんです。今回復活しますよね。新体操やシンクロナイズドスイミング、バレーボールも見えない天井をつきやぶってきています。男子400メートルリレーは今回どこまでがんばってくれるでしょうか。あれは心臓がつぶれそうなくらい、スタートで緊張します。ひとつの勝利のために心身をささげている選手、監督、スタッフたちの取り組みをみることはしびれるような喜びをもたらしてくれます。絶叫仲間の皆さん、またぜひご一緒しましょう!

ラグビーチームがもたらしたことは、単に勝利にとどまらず、というかそれ以上に多国籍の人間がひとつの社会を作ることができることを実地で示したことです。日本のように、日本国籍でないものは日本に五年以上いるな、まして家族は作るな、日本人がやりたがらない仕事はさせてやるからそれなりに稼いでとっとと帰れ、という恥ずかしい「理念」をさほど恥ずかし気もなく打ち出している国において、「それあほちゃう?」という問いをこれほど明快に打ち出した事例はありません。それでもまだ、ニュースでも結局ゲストに呼んでいるのは正真正銘(??)の日本人選手だけ。むしろ海外出身で日本チームでたたかった選手を積極的に呼ぶのが筋だと思うのですが。

文化ってなんでしょう。日本てなんでしょう。私も日々模索しますが、文化は気候風土と切っても切れない関係にあります。それぞれの土地の恵みを生かし切っていかに生きるかの知恵の結晶が「文化」なのだと思います。食べ物、建築、行事、工芸、歌や祭り、物語、すべてが。山や海の幸を守ることももちろん。そのために日本のこどもたちを積極的に文化の守りてに育てる努力も教育もせず、そのくせ外国人がすみつくのは許さない。日本の文化の守りてを育てながら、外国人にも積極的に入ってきてもらう(買い物してくれる人としてでなく、日本の文化のよいところを受け継いでくれる人として)。そういう国に、私は住みたい。小学生や中学生から、山林を守る人、海を守る人、伝統工芸を受け継ぐ人、民謡をうたいつぐ人、食文化を進化させる人、このような人材の必要性を伝え、カイシャに勤めるだけが人生ではない、職人は美しい、と伝えていってはどうなのでしょう?サラリーマンになって出世するための教育に、この国はまだまだしがみついているのではないでしょうか。私は本当に、この国は遅れすぎだ、二十年くらい先の近い将来をみる力と幸福に関する感性がおそろしく欠如した国だと感じているのです。

そうして、天皇の御代が変わって令和になり、そのことが各国にお披露目されました。私は天皇制度に関して父母の両系から相反する印象を受け取ってきました。その制度の意味やよしあしは、私にはわかりません。間違いないことは、天皇家は平和のために献身的にはたらいているということです。非常に高度な仕事人であるという意味で、私は新天皇と皇后をまぶしく見ている一人です。一方で、日本が背負っている負の歴史は、「自国民と他国民を政治がともに滅ぼす」という意味でちっとも変っていないではないかと危惧しています。



salsaconsul at 10:38|この記事のURLComments(0)

October 04, 2019

すごい暑さですね

十月に30度越えってはじめての経験かも。
なんだか心配よね。
二酸化炭素排出する分だけ吸収して変成させるシステム、まだできないのかしら?

でも、もしそれができたからといって他の生物や循環に負担をかけたり、消費がなんぼの生き方で経済を回そうとしたりするのは絶対に、だめ。第一、人間自体がそれで幸福にならなかったもの。

私自身もつつましく平和な生き方、くらしかたについていつも思いやっています。みんなそうよね。

今晩は三回目のニュープラネット担当日です。

キラキラの環境だけど、私がやりたいのは最初からずっと同じ。ご来場されたかたに、家に帰ったかのようにくつろいでほしい。でないと楽しくないものね。

私は田舎の出身だし二十代のおしまいまで遊びの経験なんてなかった。だから六本木にいくときいつも緊張していたのです。

私がしたいのは、お客様にとってのホームを、またサードプレイスを作ること。場所が変わってもずっと変わりません。

今晩お会い出来る方を笑顔でお迎えできるよう、呼吸を整えていきますね!



salsaconsul at 10:55|この記事のURLComments(0)

September 11, 2019

これだ、この降り方

これが、夏の終わり。
どしゃぶりと、稲妻と。

土煙をあげてたたきつける、この匂いが好きです。





salsaconsul at 23:29|この記事のURLComments(0)

September 10, 2019

弁当というもの

今日はちょっとした仕事で都内に出ていまして、いま帰途です。こどもは夫の職場に車で連れていって、そこで引き渡して私が出かけます。大変なことではありますが、連携できるなら幸運です。

こどもにとってはただの往復なので、何か楽しみはないかと、夕食にお弁当を作りました。

仕事の前に弁当作りをするのは、長く日本の母を苦しめてきた呪縛です。ここにも二回くらい書いたかと思いますが、海外ではチーズのサンドイッチとリンゴとか、学校に食堂があるといった感じです。母さんが前日から米を研いで、煮物の仕込みをして、当日朝に唐揚げだの卵焼きだのおにぎりだのを作るなんていうのはほかの国にはないのです。しかも、現代の日本の母は、それをやったうえで夫とともに出勤するわけです。

無理ですわね。そんなことはやめましょう。

でも、母さんの味は伝えましょう。毎日じゃなくていいんです。半年に一回とかで、よくないですか?こどもの舌はそれで十分、母さんの味を覚えますとも。

私は今日、久しぶりに弁当作りをしました。とてもとてもしんどかったですけれども、親の都合で車の往復に付き合ってくれるこどもにありがとうを伝えたくて。下味をよくしませて唐揚げ弁当を作りました。

行きの車ではそのことを秘密にして、私がお別れするときに「これなーんだ」と弁当を見せました。冷たくしたレモンジュース付き。

あのときのこどもの、喜びでパンパンに膨れ上がる体と顔というのは、本当に、親冥利につきる見ものです。本当に体が1.2倍くらいになるんですよ。

そして、私がもよりの駅まで送ってもらう間に食べはじめまして、唐揚げのことを「ジュワー」と説明していました。いうまでもなく、よくしみた下味と油の具合を言っています。

「唐揚げからたーべよっ」「サラダもたーべよっ」といちいち口にだすところは、大人にはない弁当バカっぶりです。

今日の弁当の味をこの子は一生、唐揚げ弁当のデフォルトとして記憶に刻みます。弁当がどれほど嬉しいものか、その爆発的な喜びとともに



salsaconsul at 23:23|この記事のURLComments(0)

アラジン狂

映画『アラジン』がよすぎて、子どもと二回も映画館に通ってしまった。

これまでに、わざわざ二回映画館にいった作品は、『ベスト・キッド2』だけで、これは主演がウィル・スミスの息子のジェイデン・スミスだった。アラジンがウィル・スミスのうまさが光る作品だから、なんだか私は気づいたらウィル・スミス一家ファンになっていたらしくて。



もともとウィル・スミスのことが大好きになったきっかけは『幸せのかたち』という映画がきっかけでした。子連れホームレスから這い上がる父親を描いた実話に衝撃をうけ、いまでも忘れられない一本です。

ウィル・スミスの演技と表情には実に自然な人間味とダイナミズムがあり、演技なのに演技に見えません。憧れます。あのようにダンスしたいものだと思います。





salsaconsul at 02:48|この記事のURLComments(0)

September 08, 2019

新宿で

いつも空席のほとんどない三丁目のカフェ・ベローチェがガラッガラ。こんなの見たことない!!全体で禁煙席十人と喫煙席二十人くらい?今晩9時に台風がやってくるとはいえ、今はからっからの晴天でたいした風もなしだよ。ちょっと過剰に構えすぎじゃないのかなあ。

新宿といえば、新海誠監督のおかげで一気に「二次元の聖地」におどりでた街。これまで新宿だけは苦手といっていた方も多いと思うけど、何かの空気が圧縮された少し危険な感じ、アジアな感じ、滅び行く都会のようなこの感じにロマンと憧れを抱く人達が世界にどんどん増えている。私はここに通いだしていまで15年くらいなのかしら。地下通路を駆使し、迷える人たちに道案内をするまでになりました。

街の魅力は、そこに通う人の気持ちを映すものなのかしら。私は四半世紀暮らしたいま、少しだけ東京に慣れてきました。




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September 07, 2019

全然違う話

帰りの電車ではニュースを読むのが恒例になっている。
楽しかった1日だからこそ、そうじゃない世の中に目がいってしまう。

いまはじまっている、ゆうあちゃん事件の公判。母が語り始めた。

自分はドメスティック・バイオレンスの被害者ではないと思っていた、グーで殴られるのが虐待だと思っていた、と。

頭を抱えたくなる。


私は以前の住居で、隣人の虐待を通報したことがある。壁越しに、母親が子どもを怒鳴りつける声がエスカレートしていったのだ。まさに逆上だった。

父親は不在で、週末だけ帰ってきた。その留守の間に、子供二人と密着した生活を送っていた母親が孤立して、どなりはじめるのだった。父親は知らないのである。子ども二人がどれほどのめにあっているかを。

この場合、どなる母親が悪いのだろうか?真面目すぎて、洗濯物を完璧に並べてほす母親であった。そういう几帳面さが、こどもを苦しめるのだった。

それこれも、孤独ゆえなのだと思われる。私つかれたの、一人になりたいの、家事育児から解放されて温泉に一泊二日いってきたいの、そういうことが言えない、許されないことが、逆上となってこどもを襲うのだ。

父親はいつも、ぽわーん、のほほーんと、週末帰ってきて、バトミントンなんかしている。その間、母親はエスケープすればいいものを、律儀に家にいるのである。母はいつも家で家族の帰りを待つものだ、の呪縛である。

ゆうあちゃんの母もまた、孤独だったのだ。それにつきる。たった一人、友人がいたならば!

日本は確実におかしくなってきている。子どもたちが、貧困に、いじめに、虐待に苦しんでいる。親が、社会が、こどもの命を守れていない。

こどもを守るには、親が外に開けていなくてはならない。家族のことは家で、はもう過去の話だ。家族のことを家で解決できる時代は終わった。介護も子育ても、けしてかかえこむことなかれ。

親は、苦しいときには苦しいと声をあげていい。親(特に母親)はこどものために自己を犠牲にするものだ、という暗黙の呪縛が、結局のところ子どもたちの命を奪っている。

母親よ、洗濯が苦しい、取り込みが苦しい、買い物が苦しい、料理が、子どもとの会話が、風呂が、片付けが、皿洗いが、送り迎えが、保育園や幼稚園や学校とのつきあいが、もう耐えられないと、思い切り叫んでかまわない!

こどもの命を失う前に、大きな声で叫んでいい!!逃げていい!!自分を許していい!!

あなた(私)はよくやった、もう十分だ、と魂に語りかけてほしい。あなた(私)が幸せでなくてどうしてこどもを幸せにできるだろう。
















salsaconsul at 01:51|この記事のURLComments(0)

August 18, 2019

夏休み

この夏はプール三昧をしました。
ほぼ毎日プール。
こどもの笑顔が嬉しくて。

ちょっとでもなにかできると
「できたダンス」というのをしてあげます。
これがたのしくて自分で次のステージにすすもうとするみたいで。

ああせいこうせい言わず、ほうっておいたらこどもはどういうふうに手足を動かすのかを観察するようにしています。

うちのは「その場でぐるぐるまわる」のがうまいです。
一方、しぶきがかかるのは大嫌いです。

なるほど、と思いながら見ています。

「プールに入ったら、顔が濡れても手でふかないほうがかっこいいって知ってる?」
ときいたら
「ううん(知らなかった)」
といいます。
「顔をこうやって犬みたいにプルプルって降って、それだけにするのがいいんだよ」
と教えたら、以降顔を手でぬぐわなくなりました。

私はそういうのをはやく知っていたらよかったな、と思うことが大人になってから多々あって、これなんかはそのひとつです。

先日、皮膚など全身の知覚が敏感すぎて、水が苦手という子がいることを、調べものをしていて学びました。

プールに入るとき、体が石のようにかちんこちんに固まってしまう子どもがいます。私も以前そのような子どもたちに出会ったことがあります。手足が突っ張って、曲げるにも一苦労です。そういうこどもはこの知覚過敏のタイプのようです。

過敏ということは、よく感じる、よく聞こえる、よく見える、直感的に理解するということです。したがって音楽や物語などに人よりも優れた感性で反応する可能性が高く、親御さんはそういう目でお子さんを評価してもらえるようにと願います。

こわがるにはそれなりの、一人一人の事情があります。それは子どもには説明のできないことなので、大人は全身全霊でその理由を調べ、不安を取り除くべきだと私は思っています。

親にとっても、夏です。



salsaconsul at 11:39|この記事のURLComments(2)

July 25, 2019

いい話

読者が少しずつ復活している。
ありがとうございます。

ところで右半身がばっきばきにかたい。
ストレスだ。
昨日マッサージをうけた。
風呂屋づきのうまい人なのだ。
それで、「高齢者だけどからだの柔らかい人はいますか?」ときいたら「いますね」といって、81歳でストレッチをはじめ、84歳で股割り胸つけができるようになった人の話をしてくれた。

人生、あきらめてはいけない。
筋肉は年齢に関係なくよくなる。





salsaconsul at 09:07|この記事のURLComments(0)
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