July 23, 2020

皆様どうでしょう:19

、、、という状況になっています。
前よりも、それぞれ「自分はどう考えるか」が固まってきたなかでの感染拡大であることが、前回との違いじゃないでしょうか。

私は「遅かれ早かれ、ワクチンのないなかで一回はかかる」という腹がある程度座ってきたところです。そのつもりのなかで、気を付けるということですね。

サルサのレッスンやイベントは今後全く予定していません。

この時期に、後回しにしていたことにみっちり取り組むことで力を蓄えたいものです。いまはいまで、むしろ楽しい。ひととじっくり話ができるのも、むしろこういうときです。時間ありますから。

そのなかで、自分の強み・弱みを改めて把握しなおしています。

サルサの世界のなかで先生先生と呼ばれても、苦手なこと、できないことばかりですから。この日々のなかでやれやれな気持ちを味わってばかりです。

会社勤めしていないので、行動や決断が磨かれていないんですよね、、、それをカバーするだけの率直さを、図太く磨いていきたい。

いま思うのはそういうことです。
あれこれ心配するのは、心配したいから。少なくとも自分には、そういう傾向があることを知っています。

あと、医療従事者にありがとうという、または「感謝する」のが流行っていますけれども、違和感を感じます。何かが違うだろうと思われてならない。でもそれがなんなのかわからない。

コロナ患者を受け入れた病院のほうが経営が悪化するという矛盾、これはおかしいだろう、と、それは強く思っております。

それと「ありがとう」は違うだろう、というのはあるんですよね。

ここにひっかかってるのか?それとも違うのか?違う感じなんですよね、、、

「みんなでありがとう」というところでしょうか、、、そこが変なのかなあ、、、

やっぱり、「ありがとう」という言葉は今回あてはまらないだろうという、そこですかね。

疲労の極致にあること、それから家族に感染させられないから家に帰れないこと、その2つが「えらいことになっている」わけですよね。いったんその状態を経験すると、二回目にそうなる前に辞めようと思う、そういう心境だろうとな、と。

ああ、わかった。ありがとう、というのは「大変でしょうけれど、耐えてがんばってくれてありがとう」という感じが、なんか気持ち悪いのかもしれない。これからもそのまま耐えてね、みたいで気持ち悪い。

家族のために何十年も耐えて頑張ってくれた祖母の遺影にむかって「ありがとう」って言うのは意味ないじゃないですか。ありがとうなんていわなくていいから、みんなで皿洗いや洗濯を分担すればいいのに。

ありがとうという名の甘えもあるんじゃないか。ありがとうなんて言わんでいいから、そのぶん手を貸せばいいんじゃないのだろうか。

いまの場合は、コロナに対応した病院の経営を公費でささえるべきだし、そこに投入する税をきっちり払うことが、「ありがとう」とか「感謝」の言葉なんかよりよほど大事で、それができてれば、「医療従事者には感謝しかありません」なんてしょうもない書き込みはいらないのではなかろうか、、、みんなでありがとうという行為は、私は気持ち悪くてきらいです。上記の祖母のことがあるからかもしれません。



salsaconsul at 23:26│Comments(0)■SALSA FRESCA泣き笑い 

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