June 13, 2016

札幌でのこと

こんにちは。どしゃどしゃばしゃばしゃすごい雨ですね。
ようやくパソコンの前にゆったり座っております。

今朝、5時半に子どもにたたき起こされまして遊ばされて
おりました。私が中目黒にいたためにあんまり昨日の
夕食たべてないのですね。オレンジやらバナナやら
すごい勢いで食べてました。

で、こちとらもう土曜日曜でへろへろなものですから
遊びきれなくて6時半くらいに布団につっぷしましたら
色鉛筆が入ったカンカンでおもいきり鼻っぱしら
ばっしゃーんとなぐられまして、ああでもここで怒ったら
いかんわいなー、あそんでほしいんだもんなーと
思いつつもそのまま顔さすりながら30分くらい寝て
しまいました。だってもう、ねむいし!!!!!!!!

札幌の話します。
昨年の秋に祖母が亡くなりました。火葬場の紅葉が
本当にきれいなときで、もう何年も北海道の秋というのを
みてなかったもので、ああこんなにいいもんだったかな、
と素直に思いましたですね。

ぽえたまで札幌にいった五月の週末の、ちょうど一週間
前が納骨だったのですが御参りにはいけませんでした。
そういうことのできるほどの余裕のある生活ができたら
ほんとはどんなにいいだろうと思うところです。

で、ぽえたま札幌出張です。
直前までぜんぜん緊張してなくて、本当に楽しみにして
おりました。それはもう面倒なところを全部ギンさんが
引き受けてくださってるからです。エルマンゴさんとも
ハバナさんとも調整を全部やってくださって、私は
タイムスケジュールとか内容とか、ほんとにそういう
ダンスと直接的に関わるとこだけでよかったので、
純粋に楽しみにしておられたわけです。

それが異変がおきたのは、出発の二日くらい前でして。
札幌のサルサファンから「今回はパフォーマンスは
あるのか」と問い合わせがあったという不穏なメールが
飛び込んできたことです。

今度札幌に、札幌から東京砂漠でがんばっていると
いう無名のインストラクターがやってくるという。
それがしょってるのが錦なのか何なのか
確かめておくことはやぶさかではない。

で、スケジュールをみるとパフォーマンスがない。
パフォーマンスがない。
パフォーマンスが、ない?


何しにくんねん


誰だってそう思いますわ。いろんなことをよく知っている
わりに自分のことをあまりにも知らない自分ですら
上記のように思いましたもん。ただし出発二日前に。
そこからですわ、ボストンバッグに二泊三日の着替えを
つめて楽しい札幌旅行をしようよ的な春色気分が一掃
されたのは。

巨大ダンボールに着替えの衣装のおむつのなんの、
ものすごい荷造りをして宅急便おくり、それでもスーツ
ケースはどかんどかんはちきれんばかり、それにやたら
はりきっている二歳の子どもをしょっかかえて飛行場へ。
最高の季節の北海道ではありますが、気分は三日前とは
大違い。われは仕事にいくのである。当たり前のことを
認識するのがあまりにも遅すぎたのだった。

さて、実家で子どもを慣らしてしばしのばいばいをしまして
札幌入りした自分は、荷物をホテルに預けて郊外の
スタジオに向かいました。はじめての利用でも電話一本で
うけてくれるスタジオでありがたかったです。

ここで周辺からきこえるフラメンコの方たちのどかんどかん
踏み慣らす音とオレーやアサーの掛け声と手拍子の
BGMの中ですごす一人の2時間が非常に印象深かった
です。

どんっどん緊張が高まっていきました。
別に緊張したところで自分の何が変わるわけでもないと
いうことが理屈ではわかっていても、やはり札幌の人たちに
「あんまりよくなかった」という印象を残すことがどれだけ
残念なことかということが、実感として体に入ってきたのです。
それがリアルになるにつれ恐怖に変わっていきました。

札幌入りしてからそういう気持ちになるということは数日前
までまったく予想していないことでした。

それから私の本気スイッチが入りました。

だかといって私の何がいまさら変えられるわけでもない
です。急に顔や体型やダンスのテクニックが変わるわけ
じゃないですもんね。
ただやろうと思っていたものをちゃんとやったという
そんだけのことです。

札幌ではまったく観光しませんでした。
昼ごはんは二日続けてホテルに一番近い蕎麦やでした。
あとはずっと缶詰でいろんな準備にあてていました。

全部の仕事が終わったときに、急に、札幌で仕事ができた
ときに祖母はいなくなっていたということが身にしみました。
去年だったら祖母はまだいて、お話もできたのです。
それが、今年になったときに、祖母はもういなくて、
前の週にお墓に入って、そこで自分ははじめて札幌で
サルサを踊ったのでした。

たった一年の差でこういうことになってしまった。

人が死ぬということは、二度と会えなくなることなのだと
いうことがこのときはじめて本当にわかった気がしました。
それが私にとっては実に残念なことでした。

でありますが、祖母がなくなることで私にとって新しい
札幌が始まったのだなということもなんとなくわかる気が
しました。もう自分で作っていくしかないのです。

サルサと、札幌のサルサの方々と、ぽえたまの皆様に
関しては、みんなが楽しい楽しいを連発していて、それが
嬉しくてたまりませんでした。
本当に素晴らしい二日間でした。





トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
携帯にブログ更新を通知
出張・出演のお問い合わせ
RIO presentsSALSA FRESCA TOP
これまでの記事
記事検索