February 15, 2016

昨日のみんなにありがとう。

みんなにお礼をいいたい一心でパソコンにむかっています。

昨日はランチ会と乃木坂のパーティーに出向いてくださって本当にありがとう。パーティーの特に前半はアウェイ感と音量に圧倒されてしまったかもしれません。みんなを会場でもっと居心地よくさせてあげられなくてごめんなさい。本当に心から、ごめんなさいとありがとうを繰り返しいいたい気持ちです。

ただ、後半はみんなの表情もほぐれてきてたくさん踊っていってくれて、よかったなと思っています。お伝えしたいのは、もしみんなの中に「なんだか身の置き所がないな」と感じた方がいたとしたら、それは私にとっても、今までもこれからもずっと、サルサの場って本来そういうことだよ、ということです。

みんなにはぽえたまというホームがありますが、あれを標準にしてはどこにもいけません(笑)。Ginさんは私がサルサの教室をはじめた当初の目的を完璧に理解してくださっていて、それをとてもよい形で受け継いでくださって、発展させてくださっています。それは「新人さんウェルカム」のひとことにつきますけれども、いうほど簡単なことではありません。

人は誰しも慣れ親しんだ人と一緒にいたほうが居心地よく感じるものです。新人さんウェルカムということは、その慣れ親しんだ人との交流を一時中断して、新人さんのために時間とエネルギーを注ぐということです。しかも余暇の時間に、です。誰にでもできることではないと思います。

ですからもしあなたがどこかに顔をだして、無視をされたとしたら、それはあなたが冷たくされたということではありません。周囲の人が、ごく当たり前のことをしているにすぎない。逆にもし親切に声をかけてくれる人がいたとしたら、それはものすごく稀有なことか、あるいはその人になんらかの下心があるか(ははは)、どちらかです。


サルサの場というのは、私にとっていつも非常にハードな場であったし、今もそうです。無視されるのはあたりまえ、それどころかあからさまな敵意や警戒心をむけられることすらあります。一時間以上滞在して一度も誘われない夜もありました。とてもさびしく、孤独で、自分の何がいけないんだろうと行き詰ったりもしました。そして結局、その気持ちは「うまくなりたい」という気持ちとセットなのだということに気づいたのです。

上手に踊りたいという気持ちが、孤独を生み出すのです。そこになじめない自分は結局のところ、踊りの面でも、人付き合いの面でも、修行が足りていないんだということ。両方を磨き上げるのが、サルサというダンスを本当にものにして楽しむためにはどうしても必要なのだということに気づきました。

とにかく味方を一人、異性の味方を一人つければ、突破口は開けます。そしてその一人が、今の自分の本音というか、ありのままの姿を体現しています。ちょっと哲学めいてますが、「どのような人が自分を選んでくれるか。それが今の私だ」ということです。わかっていただけますよね。

昨日のパーティーは私にとってもアウェイそのものでしたけれども、みんなの存在が私を最後まで支えてくれました。私の好きなラーメン屋のTシャツには次のようなことがかいてあります。「人がにぎわっている場所、必ず一人必死の人間がいる」。私は仕事中や仕事のあと、本当によくこの言葉を思い出します。必死という言葉が大仰ならば「全力」でもいいのですが、私を通して、誰か一人でも、よし自分もサルサをはじめよう、もっとがんばろう、と思ってくれたらいいと願っています。

昨日際立って素晴らしかったのはなんといってもHideさんだっと思います。みんなもそれに異存はないですよね。磨き上げられた宝石をみているような気持ちにさせられました。スターだけがもつ輝きに満ち溢れていて、うーん、まぶしかったですよねえ。しかもそれがぎらぎらしていなくて透明感をたずさえているというか。本当にいいショーをみせていただきました。

会の後半にそのHideさんとペアで踊るという稀な幸運があって、これが数年に一度の体験だったのでどうしても書いておきたくなりました。東京の皆さんは常日頃から素晴らしいダンスを見慣れているので、フリーで踊ってもそうそうオーディエンスはつきません。それがHideさんと踊っているとき、明らかに周囲の空気が「みる」モードに変わっていくのをひしひし感じました。

曲が最高で、Hideさんのボディムーブメントの魅力をフルに引き出す部分が随所に含まれていました。とにかくそれがもう最高でした。そして双方まったく緊張していませんでした。Hideさんのようなダンサーを育てたのがスタジオカシーノすなわちミカ先生であるということを、この国のサルサの一端に関わる者として胸に刻んでおきたいと改めて感じたことでした。

たとえばKz,たとえばMJと最高の曲と最高のコンディションで踊れるときというのが数年に一度やってくるんですが、そのような類の一回が実現にむけて打ち込んできたイベントの間に訪れた幸運に感謝しないではいられないです。サルサを知らなければ絶対にあの五分間が訪れることはなかった。であるならば何年もかけてどんな練習でもしていく価値があるし、アウェイで孤独に耐える覚悟もできるのではないでしょうか。




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