July 23, 2011

A-bout "Surrealism"

ダリ








書きたい書きたいと思いつつときは過ぎ行く。
そう、ダリの話だ!

ダリ。サルバドール・ダリ。トリビア的には「チュッパチャッ
プスの包み紙のデザインをした人」。美術の教科書的に
は「時計の垂れてる絵を描いた人」。イメージ的にはヒゲ
をピンとたてて得意そうにしてる人。

そのダリがもともと料理人を目指していたなんて知らな
かったぞ。この間、美容室BOY GOOD GIRLでトラみた
いなアタマにしてもらったときに、待ち時間に勧めてもらっ
たのが「ダリが監修した正統フランス料理の本」でして。



それがさ、すごいんだよ。


ハトが二羽、そのままの姿で盛り付けられている。



ショックすぎて「これ美味しそうなのか?」という考えを
おこさせない。


カメの甲羅に花火が何本も刺さって火花を飛び散ら
かしている。



どう考えたらいいのかわからない。美味しそうでも美しく
もないけどとにかくすごい。「少なくとも自分には思いつ
かない」ということしかわからない。



真っ赤にゆであがったなエビの詰め合わせ。
それが濁流のように枝垂れ落ちている。




これなんかは日本人からみればまだしも「おいしそうかも
しれない(ただし一匹単位でみれば)」って感覚になりか
けるけどだまされちゃいけない。



次のページが



腕をちょんぎられて血を噴き出すマリー・アントワ
ネットを頂点とした「皿の上の血まみれ人間盛り」。



参照はこちら



これとエビがイメージ的にリンクさせられてるんだから
たまらない。エビ=正月っていうこっちの感覚に対して
ダリだとエビ=血らしく。一度見たらもはや食べたくな
らないって。今度の正月までに復活するのか自分。


「ハトの盛り合わせ」っていうのは感覚的には日本人でい
うところの「鯛の生け作り」みたいなもんだと思うので、
あながち責めるわけにもいかないけどさあ。要はそれぞれ
手に入りやすいほうをより自然に近い姿で盛り付けるのが
食べ手に対する最高礼儀であるってことになる・・・とか
なんとか理屈つけるのがムリなくらい壮絶で。


こんな感じで一冊、アタマ丸々染め変える間に「個人およ
び民族のセンスの大いなる差異」を堪能しまして、ふと気
付いたわけです。



あーん、これがシュールレアリズムなんだ、と。



シュールってのは「超」だよな。現実を超えるって言葉の
意味が、あの美術の資料集にのってる「時計が垂れてる
テーブル」とか「木のつっかい棒で焼く前のピザの生地み
たいな顔を支えてる図」とかをいくら首をひねって眺めて
みても「ソウ・ホワット」だった世界が、おかげでありありと
認識できるようになったわけです。


なるほどサルバドール・ダリという人はぶっとんでる、と。


脱色と染毛と両方やると3時間くらいかかるんだね。
その間この料理本みてると「もーだめだあ」って気分になっ
たので、担当者に(この美容院のスタッフはみんな弁がたっ
て面白いんだ。店長の方針だね)


「おもいきり対極の本もってきてもらえますか」


といったら


しばらく考えて



「楽しみは創り出せるものよ」by ターシャ・テューダー



を持ってきた。あの瞬間は椅子から転げ落ちるかと思うくら
いうけた。画面に対する「物的詰まり具合」が一緒だったか
らだね。


もしかしたら双方の「いっちゃってる度」はかなり近いのか
もしらん。


そんなわけであの日は本当に面白かった。パフォーマンス
の前にはあれくらいインパクトのある時間をすごしたほうが
緊張をうまくやりすごせるもんだと思った。


・・・ということをはやく書きたかったわけです。


サルサとあまりにも関係なさすぎて、これからサルサを始め
よう、さあどこに行こう、と思っている方にはまったくもって
役立たずな記事で申し訳ない。

一応いっておくとレッスンでのワタシは踊る語る笑わせる、
かーなーりーがんばってる熱い人だと思う。結局のところこの
ブログの「カテゴリー・泣き笑い」は、練習とか振り付けとか
スケジューリングとかの正統派インストラクター業に対する
反動なんだろうな。


せっかくサルサを始めようかと思うかもしれないネット回線
の向こうの誰かのために、いい加減もっとみやすいページ
にしようという私的プロジェクト、ただいま進行中です(レア
リズムで)。


人気ブログランキングへ



トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
携帯にブログ更新を通知
出張・出演のお問い合わせ
RIO presentsSALSA FRESCA TOP
これまでの記事
記事検索