October 26, 2010

われを守りたまえ

そう、書きたいことならいくらでも。
サルサが仕事ですが面白いのは踊ってるだけじゃすまないことです。
最近、新しいホームページの構想を練っているのですが、そのとき
「書体」から始まってそのうち「書」にはまってあやうくレッスンを忘れ
そうになりました。毛筆ってすごく面白い世界なんですね!!!!

昔、おっかないじいちゃんの前で正座して書いてたときは窮屈で
めんどくさくていやで仕方ありませんでした。多少なりとも枯れてきた
昨今なら楽しめるんだがな〜しかしそんな時間もスペースもありませ
ん。うちはすでにあふれかえる衣装と小物で爆発済みです。
老後は毎朝墨でもすろうと思ってます。

昨日書きかけてあえなく挫折した飯田橋のスタバの話。

以前飯田橋でレッスンとパーティーをやってたときに書いたかどうか
記憶が曖昧なんですけれども、あの街にはいいオトコが多いんざま
す。これはホントです。なんでだろ?会場に向かうときにちょうど帰宅
する会社員の逆流にあうんですが、そのときに「あれ?」「あれ?」
みたいな感じで気がつきました。ワタシのいいオトコ説は簡単で、
要はスーツが体にあってて表情がきりっとしていればそれでいいん
ですけれども。

さて、新しい会場で仕事を始めるときに大事なのは新しい一日の
行動パターンを作ることです。おきたときから仕事が始まるまでの
流れが非常に大事で、これがうまく流れると楽しく仕事に入れ、
つっかかったりこなれてなかったりするとばたばたでスタジオ入り
することになって結局レッスンも楽しめません。

市ヶ谷の場合は荷物が多くスタジオの準備も大変なので「金曜は
肉体労働の日」と位置づけされました。
よって休憩の質が成功の鍵です。にぎやかなのは市ヶ谷ルートなの
ですが、自分の場合飯田橋ルートをとってスタバに一回座るのが
成功の鍵です。

そのときの話がこないだのおフランス人カップルで、こんなふうに
どんな方向性でもよいから「おい」って思えるとこがいいんです。
脳が活性化するのがいいのね。

こないだは「飯田橋男児」がノートパソコンをうっていました。ぱたぱ
たぱたぱた、という強い音に熱中ぶりを感じます。その画面には
「損益分岐点」が示されていると思われる「商社な感じ」です。
別のテーブルに座っている後輩とは紺のスーツの襟まわり肩まわり
の吸い付き感が違う。上に覚えがあつく下に慕われる「わが社の
エース」感が匂い立つようです。

その彼がケータイで話し始めました。「○○って今どうなってるの・・・
あーじゃあねえ、△△にしといたほうがいいんじゃないの・・・」内容
といい話しぶりといい威風堂々「わが社のエース」。信頼され任され
ているわけですな。いろいろと。ああ、ごく稀にこの年でこういう人い
るいる、と思いながらふとそちらを見やったおいらの目に飛び込んで
きたのは



手首に巻いたパワーストーン




出た!おいらは心の口に出して思わず叫んだ。



数珠族だ!




じゅずぞく。これはかつて知り合った自分のオワライの先輩が名付け
た「ロレックスの上に数珠すなわちパワーストーンを巻いた人たち」
のことである。その身だしなみのよさ、社会的地位の高さの上になぜ
か得体の知れない原始信仰が君臨している人たち。

そして彼らはその矛盾に全然気付かない。最低でもセミオーダーメ
イドのスーツであるとか、ジミー・チュウの靴であるとか、そういった
手製の美しい品々の全体的シルエットをなんだかわけのわからない
石がおおいに乱していることも全然気にならないようなのだった。

数珠族には絶対間違いない共通点がある。少なからずの金銭を
担い動かしているという自負とプレッシャー。そして金銭と同様、人
にもまた損益分岐点のような、ある一点を境にして一転する容赦
ない瞬間がおこることを知っていること。

働くオトコの心のよりどころである腕時計にしても、同様にオンナの
よりどころであるバッグにしてもいずれも相当の支払いの代償として
手に入れたもの。彼らはそれを身につけずにはいられないのに、
心のどこかでそれを信じていない。


もっと地球に近いもの。人の手の加わっていないもの。


いうなれば「お守り」。


数十万、あるいは数百万円の燦然たるロレックスの上で、せいぜい
二千円の数珠は母性的かつ神秘的な光を怪しく放つのだった。


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この記事へのコメント

2. Posted by RIO   November 04, 2010 14:44
Sudoさん レッスンへのご参加、そしてコメントありがとうございます。

この記事は正直いいまして非常にドキドキしながらアップしたものです。

といいますのも、数珠族にとってこれはまかりならぬ内容でしょうから・・・

私もパワーストーンに頼る方が何らかの不安を抱えていることは間違いないであろうと感じます。

そもそも人生というのはまかりならぬもの。

まかりならぬものをまかりならぬといって石に願掛けしてもいたしかたのないこと。

ユーモアと信頼できる友人とのひとときこそ、石などには到底果たせないミラクルをもたらすものと私は信じます。

それでは、またレッスンでお会いしましょう

1. Posted by Masato Sudo   November 04, 2010 12:39
5 先月から新宿のレッスンでお世話になっています、須藤です。
いつも楽しく、わかりやすいレッスンありがとうございます。
RIO先生のレッスンも楽しいですが、ブログもまた内容が充実していて面白いですね。

特に数珠族のコメントは、共感して思わず笑っちゃいました。

確かに僕の周りでも、数珠族はちらほら見かけます。
もう10数年以上前になりますが、僕がサラリーマンだった頃の女性上司が、どこかの宗教が販売している数珠や水晶をいつも大事そうに身に着けていたのを思い出しました。
数珠族は昔からいるのです。
僕とは常にそりが合わず、犬猿の仲でしたけど。

おそらく彼らは、あの石の中に何か不思議なパワーが秘められていて、その石の持つパワーが自分にエネルギーを与えたり、守ってくれるものだと信じているんでしょう。

しかしそういうパワーを求めているということは、裏を返すと、彼らの内面にどこか不安や恐れ、何かに頼りたいという心理があると思うのです。

だから自らのシルエットを乱してまで、じゃらじゃらした数珠を身につけているわけですが、まさかあんな安っぽい石ころにパワーが秘められているはずがないですね。

僕はそうした力があるとすれば、それは自分の内面にあるものだと思っていますから、彼らの求める方向性は、ピントがずれていると感じます。

力を求めるなら、
外面ではなく、内面に、
物質ではなくて、精神に求めていくものでしょう。

彼らは求めるべき方向性が全く逆になってしまっているわけですが、悲しいことになかなかそれに気が付かない。

自分のシルエットを乱しつつ、長年数珠を身に着けた後、どうやら数珠にはパワーがなさそうだと気付いた頃には、次は水晶か何か別の得体の知れないものを買い求めることになると思いますね。


ま、何はともあれ、また週末の新宿のレッスン、よろしくお願いします!

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