September 04, 2010

駅へ向かう:その2

旅先でこういうことがあるたびに、「ああ、これでまた読者は
大喜びだな」と思うクセがついてしまった。
このときは面白すぎてまるでツクリではないかと自分でさえ
思ったものである。そういう客観的自分とは別にうわこんな
人気(ひとけ)のないところでこんなに大荷物かかえてどー
すんだよ!!!という絶望ににた感覚におちいっている
素の自分がいる。

ここでおよそ1時間、正式のチケットを発行できないまま悶々と
列車の到着を待ち、車掌に「すみません駅を間違えました」と
いって「あ、じゃ明日次の電車くるからがんばってね」といわれ
たって文句はいえないのである。アムトラックの車掌にどれほ
どシンパシーがあってどれほど融通がきくかに賭け事をして
いる場合ではない。私は天を仰いだ。

そこへ到着した家族連れをつんだタクシーをみて、30キロは
あるトランクを抱えた私は思わず走った。

きけば隣の駅までは25ドルで、という。「今40ドル払ってここに
きたばかりなのだ。頼むから20ドルにしてくれ」といったら、私
の血相がかわっているのに気付いたのであろう、なんとか負け
てくれた。

「ああもう、ほんとにバカみたいで」と車内で嘆かずにはいられ
なかった。背景にいろいろ深い意味があるのだがそんなことは
この際どうでもよい。とにかく列車に乗らなければいけない。

こちらの運転手もやはりアフリカンだったが、さっきのウンチャンと
は違ってどこか何か頼りにしていい雰囲気があったのだ。「ワタシ
はノースカロライナに暮らしているからどっちの駅かわかるが
あなたはここに暮らしていないのだから迷って当然だ」と。

旅先でまっとうなことを言う人にあうとそれだけで涙が出そうになる。

聞けばこちらの彼はケニア出身であった。私はこりずに今度も
お愛想を考えた。ケニアといえばなんといってもあの大自然で
ある。チーターがシマウマをおっかけてる国である。その風景は
私にとって文句なしの「美」を感じさせた。私は動物が走ってるとこ
ろをみるとアドレナリンがでる体質なのである。私はケニアはさぞか
し美しい国でしょう、といってみた。やはり彼は喜んだ。人間ほめら
れて悪い気はしないのである。さらにケニアの女性が身に着けてい
る民族衣装のあの文様も実によいものである。そんなわけで私は
彼がノースカロライナに子供を含めて家族で暮らしていること、
友人やそのほかの家族のほとんどは今もケニアにいることを
聞き出したのだった。

こうして二台のタクシーにのって存外の出費をした代償に私が
得たものは少なからず価値ある情報であった。
彼らはアイデンティティの部分でアメリカ人なのかナイジェリア人
なのかケニア人なのか、というところが重要なのである。そして
タクシーの運転手という職業に関していえば、彼らは完全に
故郷とつながったままなのだった。
アフリカ系大統領が誕生した国には四半世紀前と何も変わらない
人たちもいた。このダイナミズムのはるか先鋒にサルサがある。



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