May 29, 2009

POLISH(ポーリッシュ)

「ラテンさ」がどの程度北米に影響を与えているのか、実感をもって
理解することはできそうでなかなかできない。
日本人が他の民族をまったく受け入れないかひどく優しくするかどち
らかになりがちであるのと状況は違って、彼らの場合とにもかくにも
「彼らはそこにいる」のであって、必要なのは感情的な割り切りと良好
な棲み分けなのであることは想像できる。

以前からときどき書いていることですが私はモノがいっぱいあるところ
が全然ダメである。それがなんであれ、いっぱいあるともうダメなんで
ある。もっともダメなのはヨ○バシやサ×ラヤの類で、必要なものが
あると目をつぶって(ホントだよ)一直線にそのコーナーにいって、
店員さんに希望を伝え、出してもらったら「それでいいです」といって
即買って即退散する。手のかからないいいお客さんである。
そんな私が三年近く「図書館」に勤めたことが実に笑える。
地下五階から地上四階まで本だらけ、そこは知恵と歴史の殿堂で
あると同時に私には牢獄であった。ではなんで勤めたのか。
知恵と歴史の凝縮された中にあってかくも人は自分のことがわからな
いのだった。逡巡こそこれ人生なのである。

そんなわけで読書も書くのも大好きだけど図書館は嫌いだということを
ようやく悟った私は、本屋でさえもいったん深呼吸してからでないと入れ
ない心理状態のまま余生をおくっている。
そんな自分がわざわざあえて本屋に入獄するのはよほどのことだ。
そう、皆さんもそうであるように、何かを探しているときである。
先日幸運にも「茫然自失」する一日があった。茫然自失。なんと甘美な
言葉だろう。大恐慌の中での茫然自失など最高の贅沢と以外なんと
よぶ。

で、である。目的がわからない状態で本屋にいくのはそれなりの危険を
伴う。結果的に自分が何を求めているのかまったくわからないことだけ
が明らかになって余計落ち込むことがあるからだ。
私は非常に用心してゆっくりゆっくりジャングルに足を踏み入れた。
カワグチヒロシが洞窟に入る、だ。カメラさんと照明さんはいないようだ。
あまりジャンルにこだわらず、それとなく全体を見渡してみた。
もちろん目を開いたりつぶったりしながら調整は欠かさないのだった。
まず雑誌のコーナーをすぎる。ああ、インテリアのことは少しなんとか
したいと思っているんだな、という自覚をする。しかし自分をがっしり
捉えて溶かし始める食虫植物はそこにはいなかった。
私は安全にさらに奥へと進む。

私は外国文学のコーナーでふと立ち止まって上から下までざざあっと
眺めてみた。世界にはこんなにモノを書く人がいる。人生と英知を全投
入して書かれたものばかりだ。信じてない寺社仏閣を拝むときのような
ちょっと偽りのまじった謙虚な気持ち。
そんななか久しぶりに見た柴田元幸さんの名前には本当に参拝して
よい気分になった。彼は私のヒーローだ。
こんなふうに日本語を操れる翻訳者がいるなんてすごいすごいすごい。
私のカミサマホトケサマである。
それで手にとったのがスチュアート・ダイベック著柴田元幸訳『僕は
マゼランと旅した』。もう、通常の心理だったら絶対読まない類の本だ。
センセイになって日々過酷かつ笑っちゃう現実とやりあっていると、
「マゼラン」とか「旅した」というようなふうわりとした単語は自分の外側
にある堅牢な外壁が軽々とはじきとばしてしまうのだった。「マゼラン」
や「旅」はこれからなんでもできるがなにもできないような気もする学生
にこそふさわしい単語であって、私はそうするにはもう遅ればせすぎる
年齢に達してしまった。夢はもはや、みるものではない。
奪うか捨てるかレンガのごとく積み上げるか、ともかく大人にとって夢は
もっとずっと差し迫った現実問題であろう。

ところが。いったん書架にもどしたこの本を結果的に私は買うことに
なっていた。二時間ジャングルをさまよって様々な英知とむきあった結
果、最終的に私の中に居残り続けたのはやはりカミ・シバタの存在だ
けだった。これは買え、ということである。本だけはいくら貧乏でも買わ
なくてはいけない、と私に教えたのは大学時代私の話を理解した唯二
のうちの片方だった。
そしてその選択はやっぱり私に「!!!」な発見をもたらしたのである。

スチュアート・ダイベックは1942年シカゴ生まれ、現在ミシガン州で
文学を教えているという。名前からして明らかに純正ヨーロッパ産白人
血統種、調べてみると父はポーランドからの移民だそうだ。
ポーランドからの移民。これは九割がた貧しいということを意味している。
アメリカで成功するのはイギリス血統かユダヤ血統と相場が決まって
いる。間違っているかもしれないが、そして多分間違っているのだろうが
私の中だけでこれは真実である。ポーランド人はヨーロッパにおいて
本当にひどい、ひどいひどいひどい苦難の歴史を味わった。
クラスでいうと「いてもいなくてもいい、同窓会で『そんなヤツいたっけ』と
いわれる、あるいはそれさえもいわれない」、ポーランドとはそういう国
である。ロシアとドイツというジャイアンとジャイアンにはさまれて、お前
のものはオレのものと両方からはちゃめちゃにされ続けたのであった。
それでも彼らはレンガを積んだ。私はそこはかとなくポーランドを尊敬
しているが、ヨーロッパで軽んじられた人種はヨーロッパを出ても軽んじ
られることを私はどういうわけか知っている。どうして知っているような
気がするのかわからないけど。

そんな血統を受け継いだスチュアート少年の人生は、落ちこぼれでハー
トにあふれなんといっても不屈の魂に支えられている。しかしこの本の
中でもっとも輝かしいのはなんといっても彼の弟ミックである。
兄貴の自転車から振り落とされて、涙ながらに兄弟の信頼を裏切った
兄を責めた子供時代から、ミックはジェームズ・ディーン似のいい男に
なって役者目指してニューヨークへいった。
そこで彼がほれたのがラティーナのダンサー・ミルサなのだった。
彼女のことは「ほとんど男性的に美しい女性だった」と書かれている。
こういう日本語にできる訳者のシバタは著者と同様やっぱりカミだと思う。
で、このミルサが困ったときに相談にいくのがサンテーロ、つまりサンテ
リアというカリブ海沿岸の人々の間で発達した、アフリカの神々とキリスト
教の12人の使徒が合体した摩訶不思議な宗教を修めた占い師のとこ
ろなのだ。そのサンテーロが、会ったことのないミックの背景を見事に
いいあてたことを知って、ポーランド系のミックはサンテリアに入信する
ことになるのである。

ポーランド系の白人がラティーナと恋をして同棲して不意の別れを迎え、
サンテリアという宗教がそこに残る。
こういう個別のイタさの中に、アメリカという国の本質が宿るように思う。

いうまでもないことだがサルサとは「混ざる」という意味である。


では、今晩お会いできる方、なんかこう、やたら濡れてるけど、いいじゃん。



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