January 07, 2009

イーストハーレムの話、のつもりで書き始めたのに

イーストハーレムのジーンズ




これがイーストハーレムの
ジーンズのシルエット。
ジーンズ一本が単なる流行
だけでない多くを語る。

イーストハーレムマクドナルド






イーストハーレムでは
あたりまえのものが
妙にレトロにうつる。




時間がない。おこる出来事に対して書く時間があまりに少なすぎる。
大量の写真と記憶と興奮と寂しさとが読み残した新聞みたいに
積もっていく。今日は最後のレッスン日、三つのレッスンをうける。

はじめにいっておくとSTRACYには会えなくなった。
とても残念ではあったけど、もうかなりの年齢で定期クラスをもって
いなくて住んでいるのもマンハッタンからかなり離れているとなれば
電話が通じたこと自体が奇跡的だったのだ。

幸か不幸かこれをかなしんでいる暇がないほどに、あとからあとから
出来事はおしよせた。
私は10代でよんだ『ニルスの不思議な旅』の翻訳版のラストシーンを
よく思い出す。彼がいたずらしすぎて妖精に小人にされてしまって、
負けず嫌いのガチョウの背中にのって雁の群れとともに国中を旅する
話は皆さん大体ご存知だと思います。
最後に、ずっと旅をともにしてきたガチョウが自分の家族に「料理」
されそうになったとき、ニルスはわが身が小人であることを忘れて
とびだしていった。
その瞬間、妖精が彼を許してもとの人間に戻してしまった。

人間になったニルスはもう鳥の言葉もわからなければ、旅を続ける
こともできない。
雁の群れは心配して家の周辺でガチョウとニルスの帰りを待っていた。
人間にもどってしまったニルスをみて雁たちは一瞬恐れをなしたが
それがニルスと気づいて隊長を先頭に最後の挨拶に近づいてきた。

「ニルスは早く彼らに背中をむけることにした。
鳥の悲しみが長くは続かないことを知っていたからである。」

というような文章だった。
とてもかなしいことがあったとき、私もそのようにする。

昨日の夜はぜひにとすすめられていた月曜のTAJにいった。
すばらしいバンドとDJ(WILLIEといっていた。あそこまで完璧に
メレンゲを四曲つなぐDJを私は知らない。サビがくるまで曲が変わ
ったことに気づかない、といったらそのレベルがわかってもらえる
だろうか)の質に対してダンサーの質が安定していない。
昨晩のジミー・アントンで力を出し切った上級ダンサーは週明けの
一日をやはり「サルサ休暇」につかったと思われる。
私は何人かのファンを作り、自己紹介をしあい、硬くなったタマを
おしつけてくるよっぱらいじじい(つくづくどこにでもいるねえ)を
文字通りけりとばして(もうこっちきて何回目かわからなくなってきた)、
とにかくバンドとDJにしみじみ感心して、ギネスについで好きな
ネグラ・モデロを身分証明書提示でデリで購入し、パソコンに向かった。
とにかく日本のページへの接続が遅い。写真一つアップするのでも
ゆうに三分以上もかかるのだ。

最後の一口をのみほした瞬間猛烈な吐き気に襲われて・・・
要は書きたいことが多すぎてまたこっちでも働きすぎなのだ・・・
ベッドに倒れこんだ。

となりのロックやろーのデリカシーゼロの物音で目が覚めたのは昼の
12時半だった。

イーストハーレム=スパニッシュハーレム=エル・バリオの話をまだ
書いていない。それが今このパソコンに向かっている理由なのに
そこにいたるまでにこんなにもいろいろなことがある。
もちろんほかにも。

私はイーストハーレムを日曜の朝にひとめぐりした。
一番安全だと思ったからだ。
イーストハーレムはガイドブックから完全に無視された地域である。
ものによっては「ない」ことになっているくらいだ。
ブッラクハーレムはそれでもまだ「お取り扱い」がある。
おそらくブラックはラティーノよりもアメーリカで半歩抜け駆けた。
これは実際歩いてみて、地下鉄にのってみて、肌で感じた私の
実感である。なんといってもいまや大統領である。彼らの誇らしさ、
いかほどだろう。

イーストハーレムの空気、サルサは、ダンスは、どうなったのかを
示すよい記事をみつけた。それを紹介する前に私の感想を述べて
おく。時間がないからひとことだけ。

スパニッシュ・ハーレムは非常に厳しい状況にある。

ではいってきます。










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