August 27, 2007

夏の思い出

もうすぐあのすごいスコールがくるよ。

夏の終わりを告げるあの強烈なのが。

 

みんな思い残すことなく夏を満喫できたでしょうか。

私はあともう一度八月ができたらいいのにな、とちょっぴり

思いながら今晩をむかえました。BGMはせつなめに

バチャータです。

ちょっぴりの寂しさとともに今をすごすみなさんへ。

私の夏の思い出、きいてください。


今年はちょっと立派な法事があって久しぶりに札幌に帰り

ました。私の「よわかっこいい」おばあちゃんはお墓参り

のときに石段から転げ落ち、おでこに立派なたんこぶを

つくって冷えピタ持参でお寺に登場しました。

みていた従妹によるとなんでも「転んだというより

飛んだといったほうが近かった」そうです。

思わず「おばあちゃん筋トレしないと」といいそうになりました

が、たまに帰った孫がそういう「前向き発言」をするのもあまり

かわいくないのでやめた。

そのかわり地元の叔母にサーキットトレーニングのよさを力説

して「叔母がいく」→「おばあちゃんをひきこむ」の土台だけは

作ってきました。お墓参りで子孫に転ばれたら先祖も安心して

眠れないだろうしね。

 

さて、今回はその心配なおばあちゃんのダンナ、私のおじいちゃん

の何回めか忘れた忌でした。浄土真宗のお坊さんはおじいちゃんが

亡くなったときにもお経をあげてくださった方。

つまりおばあちゃんとこはここのお寺の檀家ってことになります。

飛んだおばあちゃんがやや遅れて到着したために、法事は予定

時刻を15分ほどすぎてスタートしました。

声のいいお坊さんは朗朗とお経を読み上げます。

BGMの扇風機がぶーんとなってところどころチ〜ンかなんか

いい頃合で鳴って、これぞ日本の夏って感じです。

お坊さんは小半時間(ていうのか?)お経をあげると、いつもの

ようにぐるりと体を観衆(ていうのか?)の我々にむけて

いつものようにありがたいお話を披露してくださる。

はずでした。

エビフライ母が開口一番、

「お経というのは毎回一緒なんですか?」

とよく通る声で尋ねるまでは。

その瞬間、隣席の姉は生まれたばかりの赤ん坊が「アー」と

言ったのをこれ幸い、ダンナを引き連れてそそくさとその場を

逃げ出しました。

どう考えても席を外さなきゃいけないほどの「アー」でも

なかったのに・・・・大人にはなりたくないねー。

あとに残された私は二つ空いた席をはさんで、その後の

一部始終を「長女一家の次女」として誇らしい思いで

見守ることになりました。

「いや、毎回同じということはないんですけどね」

お坊さんは慈愛にみちた顔で返します。

毎回一緒だといえば檀家の人たちはがっかりするし、いくつか

パターンがありますといえば商業チックで興ざめするし、

毎回違うというのも御仏の心にかなわないのでいえない。

どうにも答えようがない。

母の質問はそこに悪意があるなら実にセンスがいいとも言う。

しかし顔はどうみてもご満悦の表情。二人の金剛力士様も

振り上げた金棒を阿吽の呼吸で下げてしまうよりない。

大人なお坊さんは気をとりなおしてお話をはじめた。

「今年は大変な猛暑になっておりますけれども、おじいちゃんが

亡くなられた年も本当に暑い夏でした。私は忘れられません」

「そうそう」母が合いの手をいれる。

「喪服の着物を着るのがあっつくてあっつくて・・・」

お坊さんが一瞬息をのむ気配が伝わってきた。

いくら場数を踏んでいるといえども「予備のお話」までご用意されては

いないのだろう。そんな機転のきくお坊さんもらしくないものである。

お坊さんは淡々としたご様子でこう続けられた。

「この年は私も家族をなくした年でして・・・」

お坊さんは祖父の亡くなる一月ほど前に大切なご家族を失われた。

その悲しみをおして祖父の葬儀を立派につとめてくださった。

だから祖父の死んだ夏のことが忘れられない、とこういう話の

流れだったのである。

ところがわが母ときたら、実父を亡くした夏を「着物が暑かった」

というものすごく即物的な理由で記憶しているのであった。

私は手近に「アー」と言ってくれるものを探したがそんなものは

なかった。自慢の肩幅を三分の一くらいに縮小してひたすら

その場をしのぐ。後方では一族が神妙な顔でお話に耳を傾けて

いる。長女である母の爆弾発言はどうもここではありらしい。

本土ではありえないおおらかさに満ち満ちた北海道の夏である。

お坊さんがお話をしおえると、母は

「ありがとうございました。私は子どものとき以来50年こちらの

お寺にお世話になっております、今日のお経よかった。」

と見事に場をしめくくったのであった。

 

合掌。

 

 

 


 




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この記事へのコメント

4. Posted by salsaconsulRIO   August 28, 2007 01:13
お坊さんがあのときどんな気持ちがしたかすっごくよくわかった。

ばしっ(はりせん)

でさ、9月の上旬にブログしばらく休むつもりなんだけどその間ゴーストライターしてもいいよ毎回「目立っちゃったらどうしよう」「成功しちゃったらみんなに悪いし」「ごめんなさい、今日の自分かっこよすぎ」ってなってくんだろうな〜
3. Posted by ma   August 27, 2007 23:22
進め、エビフライお母様。
そしてガンバレ、周りの人!
私はこちらに来て以来半年以上こちらのブログにお世話になっておりますが、今日のお話はよかった。(・・・ん??

2. Posted by salsaconsulRIO   August 27, 2007 19:44
このような理解者がいてくれるので母はこれまでこの驚異的な率直さを保ち続けているのに違いありません。ありがたいことです。

ああ・・・
1. Posted by missy   August 27, 2007 11:32
悲しみが容量オーバーすると、即物的な事しか残らなくなるのかもしれません。
ちょっと離れて見ている人からしたら、ズレてて、不謹慎にすら見えることは、直にさらされている人が、つぶされないようにつっぱっている結果なのだと思います。

お母様は非常に正しく、思えます。

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