March 26, 2007

RIOのこんな日曜日

今日の晩御飯も居酒屋さんでした。

居酒屋さんの晩御飯には野菜がいっぱいあっていい。

ホントはラーメンが食べたかったんだけど、昨日

食べちゃったから今日はガマンしてみた。

気取ってるなあ。

レッスンをして自分の練習をして、なんか仕事ないかなあと

思ってポエトリーに電話してみたけど誰もでなかったので

久しぶりに本屋によってみた。

びっくりした。

本屋には行ったほうがいいよ。

みんな知ってるか、そんなの。

私は知らなかった。

私は情報量が多いと具合が悪くなるので

テレビもみないしネットサーフィンとかもしない。

もちろん2チャンも参加しない。

新聞もとってない。

最近はラジオもきかなくなった。

私はなんにも知らないで毎日生きている。

私の情報源は電車の吊り広告とみんなから教えて

もらういろいろと、あとは全部自分で見たものだけだ。

ラテンのダンスや音楽なんて10年でやっとひとめぐり

するかしないかの世界だからのんびりしたものだ。

ヒット曲も10年、20年前のがあたりまえにかかってる

しね。

そういう意味でも私にはありがたいジャンルだったりする。

 

そんなわけなので、本屋さんに30分いただけでこんなに

頭がクリアになるなんて本当にびっくりしてしまった。

いや、今日はあたりがよかっただけだろう。

本屋さんにいきあたりばったりで入ってかえってわけ

わかんなくなることだってあるもんね。

前にも書いたかもしれないけど、私はいわゆる女性誌を

全然読まない。

読んでると「やせたく」なるからだ。

それに自分に似合う服って自分がモデルになってる雑誌

じゃないとダメじゃないんだろうか。

そんな雑誌ないから読まない。

最近の私のカッコがへんちくりんなのはそのせいだ。

でも実は、けっこう凝ったりしてるんだよん。

というわけで本屋さんの一番売れるとこに平積みになってる

やせたくなったり似合わない服がほしくなったりするコーナーは

スルーして、今個人的にいちばん問題になっている

「どうやってモノを持たないか」の本や雑誌をぱらぱらとみた。

そしたら「捨てろ、もらうな、とっておくな」と書いてある。

そんなのもう知ってるってば。

でもなぜか読んでるうちに「あちこちのガイドブック捨てよう」と

思うようになった。

私は20代の後半あちこち一泊二日で出歩いていたので

ガイドブックがものすごくいっぱいあるのだ。

ガイドブックは私の「鬱」の証明書みたいなもんなのだ。

(あ、健康的に一泊二日してる人がほとんどだよ。

私はたまたま運悪く鬱だったわけ)

それだからもういらないんじゃん、と思えた。

やった、段ボールが一箱減ったぞ!

本屋って偉大だ。

次に、「どうやってモテる人になるか」という本を

3分くらいめくってみた。

わたしは生徒にはモテたい。

これは切実に。

モテないとダンス教えられないから困るのだ。

私風に踊る人を増殖させるのが私の夢なのだ。

そしたらどうだ、そこには今懸案中の懸案である

「合宿を成功させる方法」がばっちり書いてあるではないか!

きったー!と思わずつぶやいたものだ。

合宿は成功する。

この本と出会っていなかったら合宿はダメになっていた

かもしれないくらい、すきっとさわやかコカコーラだった。

本屋って本当に偉大だ。

次に、1991年にもっとも面白かった推理小説、というのを

みつけたので買うことにした。

その本屋さんで地味にかつ盛大に推しているのだ。

絶対に面白いに違いない。

これで今日の夜中に誰かに電話して、明日から仕事だと

いう人を相手に3時間しゃべってしまうという

ありがちな過ちをおかさないですむ。

本屋さんは人の愚行までたしなめてくれるらしい。

最後に前からかなり好きな雑誌「クーネル」も買うことに

した。クーネルはハワイと手作りと鎌倉あたりをキーワードに

した地味ウマな雑誌で、潜在的な隠れファンは相当多いと

思われる。

「くたっとしたものや年数のたったものを好むお金持ち」向けの

雑誌、といったらわかってもらえるだろうか。

高いのでそうそう買わないけれど、居酒屋さんで晩酌しながら

読むのにぴったりだったので大枚はたいた。

そして、さっきみた「モノをもたない生活」に殉ずるために、

帰りがけにコンビニのゴミ箱に捨ててきた。

一枚だけ気に入った絵があったのでそこだけ破いてもってる

けどね。

 

昨日の新宿にはすっごくたくさんの人が来てくれて、今日の

市川ではザズーレッスン最低動員人数を更新してしまった。

あわわ。

人生の縮図だ。

でも、昨日は「今度のレッスンが今から心配だ」と悶々として

いたし、今日は「これ以上少ないことはしばらくないさ」と

妙にさっぱりしている。

どっちかいったら今日の自分のほうがハッピーなのだ。

そうか、今の自分はみんなにとっての金曜日の夜に該当する

わけだから、そりゃハッピーにもなるわけだ。

それに今日ザズーで踊ってるときがめっちゃ楽しかったのと、

男2人女2人できてくれたから誰も休憩とることができず

(わはは)みんなずぶぬれくらい踊ってたのが小気味よかったのと、

そのあと店主のKYOちゃんが生徒の少なかったのに同情して

ピタパンサンド(これが絶品で)にコーヒーほとんどサービスで

つけてくれたし、それ食べながら3人でしゃべった話がまた死ぬ

ほどおもしろくて(ここんとこ毎回「死ぬ」と思うんだよね、アフター

トークのときに)、結局のところ私はこの仕事が大好きみたいだ。

 

私は貯金が極端に少ない。

別に公表しちゃってもかまわないんだけど、なんとなく

「品がない」みたいなのでよしといて。

まあ大体、きいたらみんながちょっと目をそらすくらい、

と言っておこう。

わたしは一番はじめに就職したときにわけわかんないくらい

ボーナスをもらった。

そしてその価値をまったく理解していなかった。

気持ちよく使ってしまった。

そのときに買った服など、質がよいので今でも着られるくらいだ。

それからど貧乏時代に突入した。

そういうギャップが好きなのかもしれない。

そういうのは上と下と両方やってみないと己ってもんが

わからないんだろう。

それで私はどうだったかというと、貯金にも家にもどうにも

真面目になれなくて、唯一真剣に欲しかったのが

「好きなことをやって生きていける」という権利だった。

あとはがむしゃらである。

 

私は書くことと踊ることの二つが好きなので、今ほとんど

夢がかなっちゃったようなものだ、とさっき気づいた。

そっか、あがっちゃたんだ、自分。

うわ、すごい、すごいな!

びっくりしながら雨上がりの道を歩いていた。

 

私は中学生くらいのころからほとんど毎日何かを書いている。

びびりなので人に言えなかったから書くしかなかったのだ。

このブログをはじめる直前に、本当に本気でモノを書いてみた。

紙にかいたものを(私は本来は手書きが好きだ)、当時は

パソコンを持っていなかったのでネットカフェでうちこんだ。

23時くらいにはじめて、夕食もそこで出前して、暗闇の中で

朝の4時くらいまでかちゃかちゃ打っていた。

それからしばらくして新宿でサルサのイベントを定期的に

やってみる、みたいな困難な事態になり、ダブルでやっていたら

どうなったかというと首から膿がふきだしてきた。

着ているものや枕の首周りが真っ黒に染まるくらいの膿で、

もちろんクスリでどうかなる類のもんじゃなかったから

ものすごく苦しんだ。

レッスンのときも新宿のはじめの頃はずっと黒の

ハイネックを着てやっていたし、イベントのときは

ストールを巻いたり襟の高い服を着たりしていた。

結局治るまでに1年を要した。

今でも治りきらない跡が首に残っている。

誰にも体にはどうしてもどうにもならない部分が一ヶ所や

二ケ所はあるものだ。

しかし、あの大量の膿はなんだったのだろう。

書くこともせず、サルサを人に教えるということも

しなければ、あんなことにならないですんでいたのだろうか。

それともあれは、単に年齢的にそういう時期だったに

すぎないのだろうか。

今でも不思議だなあと思う。

 

居酒屋さんでクーネルを読んで梅酒を「ホッケ」かなんかで

やりながら、ああ、そうか、明日のことくよくよしなくていい

ってこういう気分なんだ、悪くないな、とはじめて知った。

このあと大借金をすることも人に裏切られたり(場合によっちゃ

馬鹿すぎて自分が人を裏切ることだって)することも

あるだろうけれども、私にはブログとサルサという

完全無形文化財があるから、多分どんなに大雨が降っても

すぐにいい気分でがはがは笑い出しているだろう。

 

そしてこういう結論はちょっと違うのかもしれないけど、

わたしは20代がどういう気分だったかを鮮明に記憶した

老人になりたいとなんとなく思う。

そうじゃないと、いろいろなことがきりなくなっちゃい

そうだからだ。

 



salsaconsul at 12:27│Comments(8)■SALSA FRESCA泣き笑い 

この記事へのコメント

8. Posted by salsaconsulRIO   April 06, 2007 13:57
ええ、夢中になってやっているといつのまにそれは足元にある、みたいな感じですかね。

でも同じ日は一日もないし、

毎日チャレンジである、ってことは昔も今もこれからも、ずっと変わらないと思ってます。

歩いて、走って、ちょっと休む。

たまにどっと休む。

そんな毎日です。

MIYAさんもよかったですね〜
7. Posted by MIYA   April 05, 2007 21:55
RIOセンセイは自分でも気がついちゃったとおり
いい人生を手にいれたね。あとはその“維持”かもしれないけれど。私も気がついたら欲しかったもの(生活&人生)を既に手に入れていて、若いころの目標達成してたよ・・ GOOD LUCK!!
6. Posted by salsaconsulRIO   March 27, 2007 15:47
私、昔から情報の選別とかシャットアウトとかできる人がうらやましかったんですよ。自分の子供時代が「雪の音しかしない」ようなとこだったせいか、車一台通っても耳澄ますみたいな癖がついちゃって、そのまんまこっち来た日には毎日が地獄ですよ。すべてが見える、すべてが聴こえるってとんでもない状態。

よって自己防衛は「物理的に」やることになってしまったわけで。とほほ

情報収集にも職人技が必要な昨今です。

宵越しの情報は持たねえぜっ

(あ、情報は燃えないか・・・)


5. Posted by よしのぶ   March 27, 2007 10:09
「宵越しの銭は持たねぇ〜!」みたいな江戸っ子気質を感じるね。
「モノを書く」「ダンス」という技術を持った職人かな?
江戸っ子は、物をあまり持たなかったようです。
火事も多かったから、物に執着しなかったのかもね。
4. Posted by ネタ猫   March 27, 2007 09:22
なるほどなるほど、多分わたしの場合はあらゆることが仕事に関連してくるから情報はまずシャットアウトできないんだけど、要らない情報は聞こえてなくて見えてないんだと思う。勉強や読書に集中してると周りがうるさくても気にならないのとおんなじ感じかな。自然に防衛本能が働いてるのかもね。
面白いネタにはアンテがビビツって反応するしね。(笑)
3. Posted by みずたま   March 27, 2007 00:44
余りにも情報が多すぎると、どんな事にもリアリティが感じられなくなっちゃうんだよね。何が正しくて、何が本当なのかも分からなくなるよ。
でも、持てる全ての感覚を研ぎ澄ませてみると、その情報の渦の中から最も小さくて、誰もが気付かないような事を見つけられるかも知れないと最近は思うんだ。


2. Posted by salsaconsulRIO   March 26, 2007 22:27
こんな生活でもそれがなぜか伝わってくるのが東京なんですよね・・・だからだんだん情報源カットするようになったということなのかもな、と今思いました。みなさんはこんな情報の渦の中にいて、ときどき助けてくれって思うことはないのかなあ?みんな平気なのかなあ?私にはとてもとても処理しきれないのです。
1. Posted by ネタ猫   March 26, 2007 18:57
ひょっとして、能登で震度6強の地震があったことも知らない?
(+_+)

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