December 28, 2006

おばあちゃんの手紙

 

なんて寒いんだ・・・!!

なんだかびっくりしてしまう。


除夜の鐘に向けて日本中がマラソンしてるような日々に、私はといえば冬期講習にいそしんでいる。これが最後と思ってはみてもやっぱりしんどい。ありとあらゆる隙間時間に勉強をしながら教室を5分刻みで飛び回る日々が続く。それに子供のケンカの成敗だのご家庭からの内容がないような相談事をうけるだのやっていると、いい人でいることはなかなかムズかしくなってくるもんだ。

そんな中私がやっている一人遊びは「ちょっといい人になるゲーム」!

これは、席をたってから「!」と思って椅子を机におしこむ、とか、スリッパを脱いだときに「!」と思ってそろえなおす、とか、とにかく万事につけちょっとだけいいことをしてみる、という極めてお金のかからないゲームだ。もうすぐ仕事の大きな節目をむかえるとあってここ数年のことをふりかえる機会が何かにつけ多かった。そうすると、この10年で自分がもっとも失ったものは「もうちょっとがんばってみる」ような日々の丁寧さだということにいやがうえにも気づかざるをえなかったのだ。

自分の欠点、まさに「欠けてる点」はもう泣きたいほど承知している。ひとことでいえば「作法」の類だ。なくても生きてはいけるがあると万事スムースに運ぶことに、年齢を重ねるにつけ痛みとともに実感する。

昨日おばあちゃんが目玉のとびでるような「高級な手紙」を送ってきてくれた。すべてが正式だった。しかも型を守りつつ中身はあくまであったかかった。私はこの伝統を受け継ぐ力も資格も全然ないような気がしてしばし呆然としてしまった。おばあちゃんはいったいどれくらいの時間をかけてあれだけのものを完成させたのだろう。参りました。

都会っこのうらやましいところは、人もモノもわんさかひしめいているとこでも情報を遮断するプログラムが作動しないところだ。私は雪降りしきる札幌からここへきて後、いろいろなことに目をつぶる癖をつけてしまった。そのせいで見逃してはいけないことまでスルーさせてしまっているようだ。

ウェイトレスさんにちゃんとお礼いうとかレジの人と目あわせるとか。言い出したらきりがないけれど、そんなあたりまえのことを忘れることもある。

来年の今頃ほんの少しでもいい、上手になったね、ともう一人の自分に言わせてみたいもんだ。

年末はおよそ半年ぶりに踊りにいけそうだ。あそこで今の自分は何を感じるんだろう。数ヶ月前のことが何年も前のことに思える。そしてなんだか不思議にどきどきする。

 




salsaconsul at 23:06│Comments(0)■SALSA FRESCA泣き笑い 

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