May 2020

May 05, 2020

皆様 どうでしょう:2

世界は違う次元にワープしたかのようです。ほんとうにそう思います。

私が仕事ができないことを心配してメッセージをくださる方がいらっしゃいます。本当にうれしく、感謝しております。私は二十代のときにほんとにほんとの貧乏を経験しましたので、今の状況をさほどのことと思いません。日本の経済がいいときに、自分は貧乏であったときのほうがよほどこたえました。それ以上に、世の中のことを何も知らない自分の無知無力を恥じました。それに比べると、何がどうなってこうなっているのかが把握できるいまを楽しむ余力を、好んで生きています。

このようなときにサルサに何ができるのか?何もできません!!これはもう爽やかに何もできません。サルサが人生を豊かにすることを疑わない私でも、いまはサルサに何ができるのかを語る口を持ちません。歌ってなんぼ、集まってなんぼのサルサですから、歌えば飛沫がとび、集まってクラスターが発生するサルサが、現状「手も足もでない」のはどうにもならないことです。無力です!!これはもう、両手をあげて降参してしまいます。

ではこういうときに、何が私たちを救ってくれるでしょう。私は、「歴史上、人類に危機は何度もあった」ことを、サルサの成立する過程において改めてふりかえることは、自分を支えてくれると思います。もともと、サルサは奴隷貿易なくしてはうまれませんでした。奴隷商人にとらえられ、家畜として選別され、足に鎖をつながれて船につめこまれ、途中で死んだら海に放り込まれた。家族とも故郷とも引き離された。その人々と比較して、いまの自分らはどうでしょう。国で革命がおこった。家族の命が危なくなった。子どもだけを、なんとかして生き延びさせようとして海外に逃がした。それが今生の別れになって二度と会うことはなかった。それと比較して、いまの自分らはどうでしょう。内戦がおこって、政府軍とゲリラと他国の軍やらなんやらがごちゃごちゃになって道で打ちあっている。家にいても死ぬし外に出ても死ぬ。それと比較して、いまの自分らはどうでしょう。なんとかしてどうにかして生きていく。いままでもこれからも、そうなのです。生きるか死ぬかよくわからないのが人生というものでしょう。

どれだけ先になるかわかりませんが、歌って、踊れることがどんなに特別なことか、分かち合える日を待ちましょう。それまで、とにもかくにも生きてみましょうや。

それから、こういうとき、子どもだけは笑顔に、とかそういうことをつい考えてしまいますが、子どもにも、大人が大変なときは大変なんだって言っていいんだと思いますよ。困難は子どもを強くしますし、思考力を鍛えます。私は、子どもに「いまおかあさんはあまりにつかれてしまって一緒に遊びたくない」とか「おかあさんがぷりぷりしているのはあれもしなくちゃこれもしなくちゃと思っているからであって、きみの歯をみがいてアタマを洗ってあげるのがおわれば少しはにこにこにもなる」とか「おかあさーんてよぶんじゃなくて、自分でおかあさんのところに用をいいにこい」とか、えげつなくバンバン言っています。子どもは子どもで「ごめんなさいねえ」とか「わかったよ!!!」とか「じゃ時間決めて!!」とか、あの手この手で対抗策を打ってきます。このやりとりの先に、信頼関係がうまれるんだと思います。子どもだからって、なにも全部やってあげなくていいし、いわれっぱなしじゃなくていいんですよね。そうそう、子どものユーチューブがうるさいときはヘッドホンをつけたげましょう。もしくは自分が見たいテレビをみるときにヘッドホンをつけましょう。同じ空間のなかで別世界を生きれば、無駄にぶつかることもありません。





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